※病気の描写があります。ご注意下さい。
















「先生がすきです」

 今まで自分の中に溜め込んでいた想いを、たった七文字にのせて先生にぶつけたのが、今から三日前の話だ。言うまでは酷く重々しかった気がするのに、実際に口にしてしまえばあっさりとしたもので、こんなに簡単にできることだったのかと拍子抜けしたのを覚えている。いや、この感覚は今だからそう思うだけで、実際はそうではなかった、先生への様々な想いが混ざりあって、抑えきれなくて、流出してしまったようなものだった。

 そう、僕は先生が好きだった。

 最初は自分のクラス担任で、委員会の顧問で、ただそれだけだった。だけど、教室で、図書室で、昼休みの屋上で、僕は何かと先生と話す機会が多かった。本について語り、彼の著書を貰って読む。最初は本や委員会に関することだけだった会話が、いつしかそれだけじゃなくなっていて、言葉少なに話しかければ、先生は柔らかく笑ってくれた。たったそれだけの出来事だった、だけど、それだけで僕は先生に惹かれていった。

 だから、委員会が終わり先生と僕以外の皆が帰ってしまった放課後の図書室で、今にも溢れんばかりの想いを、先生にぶつけてしまったのだった。
 先生はその大きな瞳を見開いて、酷く驚いているようだった。無理もないと思う。確かに僕は先生に好かれていたが、それはあくまでも先生と生徒という枠組みにおけるもので、僕が先生に抱く想いはその枠から大きく逸脱していたのだから。
 そのため、僕はその場で断られるものだと思っていた、しかし先生は、動揺してはいたものの、考えさせてください、と小さく呟いた。僕らはそのまま図書の整理を終え、別れるまで終始無言だった。
 それが、三日前の話。


 そして、先生に避けられているのだと気付いたのが昨日の話だ。
 最初は偶然かと思っていたが、あからさまに授業中にこちらを見ないようにしているのがわかったし、昼休みの屋上は先生のお気に入りの場所なのだが、二日続けて来なかった。そして昨日の委員会の定例会にも出席しなかった先生に、自分が避けられているのだという確信を持ったのだった。


 だから、僕は今、放課後の教室で先生を待っている。
 青山に頼んで、先生を呼び出して貰った。放課後の教室は、夕陽が窓からさしこんでいて赤い。グラウンドの野球部の声が遠く聞こえる、それをBGMに僕は無人の教室にてぺらりと手の中の本のページを捲る。もう何回読んだかわからない、先生の言葉が綴られた本。表現も内容も稚拙なものに違いないが、恋は盲目とはよく言ったもので、僕にとってはどんなベストセラーにも優るものに思われた。

 がたり、教室の扉の音に意識をそちらに向ければ、ちょうど先生が扉に触れて中を覗き込んでいた。青山には、僕が待っているということは言わないで貰ったはずだし、名目は青山本人が勉強を教えて欲しいというものにしていたはずだ。だから、こうして教室まで来てくれた。そうして先生の視線が僕とかち合う。先生は扉を開ける手をそこから外し、教室から離れようとしていた。慌てて席から立ち上がり、追いかける。

「先生っ」
「あ…その、私は青山君に用があったので…どうやら居ないようですし、失礼しますね」
「青山は来ません…頼んで、呼んで貰っただけで……先生を呼んだのは僕です」
「……久藤、くん」

 とりあえず教室に入ってくださいと先生を引き寄せる。先生は僕の目を見ようとせず、うつ向いてしまっている。頑なな先生の態度に、ちくりと胸が痛んだ。

「先生、このあいだの話なんですが、」

 そう言うと、先生の肩がびくりと跳ねあがる。あからさま過ぎて、何と返すのが最適なのかさえわからない。

「……先生、僕は別に貴方に返事を急げとか言いたい訳じゃないんです」
「久藤くん…」
「ただ、……その、僕が嫌いなのは別に良いんですが…あからさまに避けられると、僕もどう反応すれば良いかわからないんで」
「あ、それは…」
「虫が良すぎる話かもしれませんが、僕は先生との関係を崩したくないんです。告白したことも、なかったことにしていただいて構いません…僕も、そうしますから、避けるのは、やめてほしいんです」

 自分でも都合の良いことばかり言っているなと思ったけれど、こればかりは仕方ない。と、先生を見れば、袴をぎゅっと握りしめて、今にも泣きそうといった所だった。

「先生…そんなに、僕が嫌いですか…泣いてしまうほどに、嫌なんですか」
「ちが、違います…っ」

 ふるふると小さな頭を左右に振って、先生は、口を開く。

「私は…私も、貴方がすきです、久藤くん…すきなんです…っ」
「え、」
「でも…私は、貴方とそういう仲になる資格はない……」

 とうとう、堰を切ったようにぼろぼろと泣き出す先生に、かける言葉が見つからない。先生は、恐る恐るといった風に言葉を続ける。

「私は貴方を愛することができない……

 ……私は、HIV感染者です」

 あまりに唐突すぎるその言葉は、僕を混乱させるのに十分すぎるほどの効力を持っていて、僕は何も返すことができなかった。
 HIV?あの、エイズの?そんな、先生が、まさか。
 僕の混乱と動揺を見てとったのだろう、先生は自嘲気味に笑う。その様は本当に痛々しくて、抱き締めたくなるほどだったが、僕の腕は、足は、体全体は思うように動いてくれなかった。

「貴方が言うように、避けるのはやめます…ですが、久藤くんこそ私には関わらないほうが良い」

 今まで、ずっとすきでした。ありがとう。

 今までにないくらいの冷たい声だった。それだけ言って、先生は教室を出ていった。僕は先生を追いかけなかった。全てが嘘のように感じられて、整理が追いつかなくて、ただ呆然としていた。



冷たい声





―…―…―

温かい手に続く


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