先生ごめん、見逃してよ。
 そう言ったあと、芳賀くんは木野くんの肩にもたれかかっている久藤くんに大丈夫かと声をかけた。それじゃああとは先生に任せますから、と青山くんが気まずそうに言い、三人はそのまま帰ろうとするので、慌てて引き留める。

「ちょっと、どういうことか説明してください…場合によっては見逃せないといいますか、みなさんももう少し私の立場を考えてくださいよ」

 木野くんから引き渡された久藤くんに視線をやれば、顔は真っ赤で今は眠っているようだった。吐息からアルコール特有の香りがする。

「すみません…その、芳賀の家で遊んでて、最初はジュースとかだったんだけど、そのまま悪ノリしちゃって」
「俺たちは本当にちょっとしか飲んでないんすけど、その、久藤がなんか……」
「で、潰れちゃった久藤をどうしようかって言ってたら、久藤がうわ言のように、せんせい、せんせいって繰り返すから」

 僕たちもまさか久藤がこんなに飲むと思ってなくて、と青山くんが久藤くんの方を心配そうに見ている。
 私は溜め息を吐いてこめかみを押さえた。頭が痛いとはこのことだ。

「君たちは未成年です、しかも私は教師ですよ…見逃せるわけないじゃないですか」
「そんな」
「これが甚六先生とかだったら、あなたたち、停学どころの騒ぎじゃありませんからね」

 その言葉に芳賀くんが眼を見開いた。

「自分で言うのもなんですが、普通は見逃したりしないんですからね」
「あの、それは」
「まぁ、私も君たちくらいの頃はいろいろとやんちゃしてましたから……見逃します、今回だけですよ」

 ありがとうございます、と青山くんが頭をさげる。

「正直な話、ただでさえ面倒くさいクラスでこれ以上問題起こしたくないんですよ」
「それって、先生いいの?」
「今からでも甚六先生に電話しましょうか?」
「いえ!けっこうです!」

 三人はあまり飲んでいないというのは本当の話のようで、言動も足取りもしっかりしている。次にこうやって来たら、今度こそ甚六先生に連絡しますからね、と念押ししてから三人を帰した。


「さて、問題は……」

 自らに寄りかかって眠っている少年に視線をやった。とりあえず家の中に入れないと、と久藤くんを背に担ごうとしていると、小さく声が漏れる。起こしてしまったかな、と思ったがどうやら違ったようで、ほっと息をついた。




 布団を敷いて、久藤くんをそこに寝かしつける。彼の枕元に屈んで、額を撫でた。柔らかな髪の毛と彼の少し熱っぽい体温が心地よい。彼の目が覚めた時のために水や洗面器、タオルなどを準備しなければと思い立ち上がろうとすると、服の裾をきゅっと掴まれた。目は覚めていないようだったので、無意識だろうかと思いつつまた彼の額を撫でる。と、久藤くんから小さく声が漏れた。

「せんせい……」
「久藤くん?」
「すき、すきです…せんせい…」

 その寝言で囁かれた言葉に、頬が熱くなるような思いがした。思わず久藤くんの手を取り、ぎゅっと握ってしまう。すると、彼の目がうっすらと開いた。

「ん……せんせい…?」
「く、久藤くん…すみません起こしてしまって」
「んぅ…きにしないでくだ………いっ」
「あぁ、無理して起きなくて良いですから、横になったままで構いませんよ」

 無理に起き上がろうとする久藤くんを制して、体を横にさせた。すると彼は自らの腕を上げて顔を覆うようにする。気分が悪いんですか、と焦って問えば、違います、と弱々しい声が帰ってきた。

「……はずかしくて」
「何が、」
「せんせいに、こんなところを見せちゃったから…」
「そんな、気にすることはありませんよ…私も君くらいの年にはこんなことよくありました。それにしても、どうしてこんなに飲んだりしたんですか」

 そう言って、彼の頭を優しく撫でた。私は何の気なしにそう言ったのだが、久藤くんの声は弱く、辛そうに聞こえる。

「木野たちと話してて……その、自分の子供っぽさが嫌になってしまって」
「久藤くんは充分大人っぽいですよ」
「違います……そんなこと全然ない、僕は、背伸びをしてるだけだ」
「久藤くん、」
「どんなに頑張っても、僕と先生との差は埋まりません……先生より背も低いし、人生経験も社会経験も少ない、年齢差なんて、埋まるはずもない」
「でも、久藤くんは私よりも大人です」

 私が心からそう言っても、彼は首を横に振る。

「どうしたらもっと大人になれるんだろう、先生に近付けるんだろう…好きな人には、恰好悪いところを見せたくなくて、背伸びばっかりしてて……お酒が飲めれば大人なのかとか思ったけど、こんな風に先生に迷惑をかけて、逆に恰好悪いところを見せてしまって……」
 はずかしいです、と言いながら、久藤くんは私に顔を見せようとしない。だから、私は彼の顔を覆っている腕を取って覗き込む。頬はほんのりと赤くて、目元には涙が浮かんでいる。目を見開いて驚いた表情を浮かべる彼の唇に、自らのそれを重ねた。

「……私だって、必死なんです」
「先生、」
「私は貴方より何歳も年上なのに、貴方に迷惑ばかりかけて、まるで子供みたいで、そんな自分が嫌なんです」
「でも先生は僕よりずっと大人じゃないですか」
「貴方より年上なのに大人じゃなかったら恰好悪いでしょう……せめて貴方の前だけでも大人でありたい、そう思って、精一杯背伸びしてたんです……好きな人には、恰好悪いところを見せられませんから」

 久藤くんの顔を上から覗き込んでいると、彼は私の眼鏡を奪った。僕たち似た者同士じゃないですか、と彼は小さく笑う。本当に、まったくその通りです。そう笑って、もう一度キスをした。

私たちは二人して背伸びして、つまさきだちで恋をしている。






つまさきだちの恋







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