「そんなことを考えてみるのも、ある意味では大切なことです」

 例えばあと一週間後に地球に隕石が追突して、地球上の生命体は全て死滅してしまうとしたら。

「あなたたちはどういう行動に出ますか?」

 今日の授業中の脱線はそれだった。先生の授業はよく脱線する。そのせいで木津さんの苛々が溜まっているというのに。

「ああ、因みにその隕石は回避出来ません、石油採掘のスペシャリスト達は立ち上がりませんよ」

 その言葉に青山が「アルマゲドン!」と小さく歓声をあげた。ああ見えて青山は映画、特に洋画が好きらしく、目がきらきらと輝いている。青山の後ろの芳賀は「マルハゲ?」なんてとんちんかんなことを言っていて、振り向いた青山に睨まれていた。

「なあ久藤、お前はどうすんの?」

 隣の席から木野に声をかけられた。木野は頬杖をついて、シャーペンをくるくると指先で回している。

「そういう木野はどうするの」

 逆に問い返せば、木野は斜め前方に座る加賀さんの方をじっと見つめながら溜め息を吐いた。恋煩いって恐ろしいぜ、なんて木野は恰好つけている。それはいつものことなので無視していると、木野はやけにつっかかってくる。

「ほら、お前も話せって。やっぱり、最後まで読書か?」
「うーん…それもアリかもね」
「げ、まじかよ。お前さあ、少しは何か」

 そう木野が話しかけてきたその言葉を遮るのは、苛々が頂点に達した木津さんだった。

「先生!いい加減に脱線するのはやめてきっちり授業をしてください!」
「す、すみませんっ…!…じゃあ、教科書の73ページを開いて下さい…」

 先生は気まずそうに黒板に向き合う。でも多分明日にはまた授業を脱線させて、そしてまた木津さんに怒られるんだろうなぁ、なんて思いながら教科書の文字を目で追った。



* * *



 昼休みの屋上は人がほとんどいない。それが夏ならば尚更だ。わざわざクーラーの効いた教室から理由もなしに出ていくのは余程酔狂な者だろう。
 滅多に人がこない。それが僕がここにいる理由だ。

「あぁ、やはりここにいたんですね」

 フェンスに指をかけてグラウンドに視線を落としていると、背後から先生の声。振り返ってから、にっこりと笑いかける。

「また逃げてきたんですか」
「えぇ、恥ずかしながら」

 それにしてもここは暑いですね、と先生は僕の横に来て言う。夏ですから、と答えれば、まぁそうなんですけど…と適当な言葉が返ってきた。今日の先生はどこか落ち着かないようで、僕と同じようにフェンスに指をかけたかと思えば、それを前後に揺すったりしている。

「どうかしたんですか」
「いえ…特に何も」
「そう、ですか」
「ええ……」
「……」
「……」

 互いに会話がなくなって沈黙してしまった。さてどうしたものか、と思ったところで今日の授業中の話を思い出す。

「そういえば先生、世界崩壊一週間前がどうのこうのって話をしたじゃないですか」
「あっ、はいそうですね」
「あれ、先生はどうしたいんですか?」

 それは世間話の一つだったのだが、先生は黙り込んでしまった。会話の選択をミスしただろうか、なんて考えていると、隣の先生は小さく声を漏らす。

「…………か?」
「え?」
「く、久藤くんはどうするんですか…?」
「僕、ですか?」

 先生はこくりと小さく頷いた。それに対して僕は少し考え込む。

「木野と話している時は、ずっと読書しているのもいいかなって思ったんです」
「そう、ですか…」
「結局、ただ自分がやり残したって思うこととか、自分が好きなことをするのが一番かなぁって」
「なるほど…じゃあ久藤くんはまだまだ読み足りない、と思っているんですね」
「そうなりますね…あぁ、でも」

 そこで言葉を切って先生に向かい合う。少し強い風が髪を揺らした。

「こうしていつも通りの時間を過ごせたら、それが一番いいなあって思います」
「ああ、それは良い心掛けですね」

 下手に何か新しく始めるよりずっと良いでしょう、と一人で納得する先生に、いいえそうではなくて、と口を挟む。

「例えば先生、先生は僕がここにいる理由を知ってますか?」
「え…」

 唐突な僕の質問に、先生は疑問符を浮かべる。下から吹き上げる強い風が先生の袴をばさりと揺らしていく。

「ここにいれば、先生が来るって知ってるからなんですよ」
「久藤、くん…」
「僕にとってはこうしているのが一番好きな時間なんです。放課後の図書館も同じ。だから、こうしていつも通りの時間を過ごすことが一番幸せなんです」

 そこまで口にして先生に微笑みかければ、先生はびっくりしたような表情を浮かべ、たちまち頬を赤くする。あと一週間しかないのならば、幸せな瞬間を過ごしたい。僕の幸せは貴方と共有しなければ意味がないんですよ。そんなことを言えば先生は嬉しそうに笑ってくれて、僕も嬉しくなる。

「ねえ先生、先生はどうするの?」
「私ですか?…そうですね、やっぱり好きなことをしたいですね」
「例えば、どんな風に?」


 難しいことはよくわかりませんけれど。

 先生はそう言った。

 だけど、私もこの時間がとても好きです。もちろん、放課後の図書館も。

 そう言って、先生は笑った。
 強い風が校庭の木々を揺らしていた。




世界崩壊一週間前






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准望/幸せすぎるくらい甘々


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