「…買って、しまいました…」

 ついうっかり口からこぼれた言葉。独り言にしては些かボリュームが大きかったかと周囲を見渡すが、流石に下校時刻もとうに過ぎた後の宿直室に他に人がいるわけもなく、ほっと一息吐く。交は今夜は小森さんの所に泊まるのだと前々から言っていたし、書き置きも残っていた。寧ろ交がいたならば最初から声など出していないし、こんな物をわざわざ持ち出したりもしない。
 畳の上に広げた風呂敷、その中央に鎮座する、見るからにアレな感じのボトル。…彼とするときに、必要なのではないかと思って、買ってしまった代物。

(……潤滑、剤…)

 前回、そういうことに発展した時に非常に辛かったから買ってきたのだが、少し後悔している所だった。

(私一人ががっついているのだと思われたらどうしよう…)

 そういう代物を買うというのは、イコールそういう行為を期待していることになるのではないか。年上で、仮にも彼の担任であるのに、自分はなんていう奴なんだろう。彼に知られたら幻滅されるだろうか。どうしよう、今更ながらに恥ずかしくてなってきた。
 しかし同時に、この代物に興味を持っているのも確かで。

(本当に、こんなもので出来るようになるんでしょうか…)

 ボトルに手を伸ばして、軽く揺すってみる。あからさまな感じのピンク色が、毒々しくも興奮を駆り立てる。

(どうしよう…試して、みようかな…)

 ボトルのキャップを開けて、ほんの少し手のひらに垂らしてみる。ぬちゃ、と粘着質な音が耳に入って、何だか変な気持ちだ。
 そのまま、ぬるりとした手のひらをゆっくりと袷から侵入させる。指先が胸の突起に触れると、その湿り気にぞくっと鳥肌がたった。

「っ…は、」

 本当に自分は何をしているんだろうと思うのだが、指の動きを止めることが出来ない。
 胸だけをいじることがもどかしくて、袴の紐をほどいた。自分でも、異様に興奮しているのがわかる。はぁはぁ、と口からは荒い息が吐き出されるばかりだ。

「っ…ん、ふっ…」

 指先を自身の先端に。ゆっくりと濡れた手のひらで竿を上下に擦ると、ぐちゅぐちゃと卑猥な音が響いた。恥ずかしい、恥ずかしくて死にそうだ。

「は、っぁ、…」

 潤滑剤と、それ以外のモノで濡れた手のひら。恥ずかしい、でも気持ちいい。
 どろり、と潤滑剤が肌を伝い流れ落ちる。熱に浮かされた頭でぼんやりと潤滑剤本来の目的を思い出し、はっと息を飲んだ。

(少し、慣らしてみよう…)

 少し滑りが足りない気がして、潤滑剤を更に指先に塗ったくってから、恐る恐る後孔にあてがった。指先が熱い、自分は何をしているんだ。胸の動悸が治まらない、恥ずかしい、熱い。

「んっ、…んぅ」

 ゆっくりと指を進めていく、思ったよりも抵抗が少ない…これが潤滑剤の効果なのか。ぐちゃり、私の聴覚は、そんな濡れた音と自らの息しか拾わなくなってしまった。

「は、っ、…っ…」

 さらに一本、二本と指を増やしてもすんなりと飲み込んでしまう自分の浅ましさに目眩がする。指先が前立腺付近を掠めると、びくりと体が反応した。気持ちいい、でもその刺激が強すぎるせいでそこに触れることを躊躇ってしまう。恐々と触れては、びくびくと足の指先が痙攣するような感覚。自分がどうにかなってしまいそうで、声が、抑えられない。

「う、ぁ、あ、…っや」

 交が小森さんの所に泊まってくれて助かった。こんな姿、人に見られでもしたらそれこそ死んでしまう。

「っ、…どう、く、ん……」

 せんせい、と私を呼ぶ彼の声を、唇を、眼を思い返して、ぐちぐちと後孔をいじる。私は貴方のことを思ってこんな浅ましい行為をしているのです。

「はっ、あ、ぁ…くどぉ、くんっ…」
「呼びましたか?」

 一瞬、何が起こったのか理解できなかった。しかし、彼の声が私の幻聴ではないのだと理解した途端に、目の前が真っ暗になったように思った。

「忘れ物を取りにきたついでに寄ったんですけど…先生」
「や、ぁ、」
「一人でこんなことしてたの」

 彼の真っ直ぐな視線が射抜くように私を見ていて、酷い羞恥のために私は彼を見ることができない。

「ねぇ先生、なにしてるの」
「あ、やだ、」
「嫌じゃないでしょう、だって先生、手、止まってないじゃないですか」
「そ、なぁ…」

 恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がないというのに、自らの後孔をぐちぐちといじる指の動きは止めることが出来なくて、ぎゅっと目をきつく瞑った。見られているという事実に興奮している、浅ましい、だけど快楽には勝てなくて、今にも達してしまいそうな自身を擦る手を速める。
 しかしそのまま達することは不可能になってしまった。ぎゅっと握り込まれた自身に恐る恐る目を見開けば、そこには欲を孕んだ彼の目が映った。

「ねぇ先生、いやらしいね」
「やだ、や」
「勝手にこんなことしちゃうような淫乱な先生にはお仕置きが必要かな」
「え、っ、や」

 そう言って彼は近くの棚から包帯をとると、私の濡れた自身の根元をきつく縛りあげた。そして私の両の手をまとめ、同様に包帯で簡単にはほどけないように結ぶと、私にはもう逃げ場などなくなってしまう。

「先生、いつもこんなことしてるの?」
「ちが、…っ!」
「わざわざ潤滑剤まで使って…やらしいね」

 そう耳元で囁かれ、べろりと舐め上げられれば、全身をあり得ない程の快楽が支配した。体中の力が抜けて、抵抗も何も出来ない。そんな私の反応に気付いたのか、久藤くんは私の耳元で囁くその行動をやめようとしなかった。

「へぇ、先生って耳が弱いんだ」
「あ、や、ちが」
「嘘つきな先生。こんなにびくびく反応してるのに」

 耳だけでイけたりしないのかな、となんとも恐ろしい発言が聞こえ、無理だという意思を込めて頭を左右に振るが、やってみないとわからないよね、と言われさぁと背筋が凍るような思いがした。それを見た久藤くんはくすりと微笑み、冗談ですよと囁いた。

「先生はいやらしい人なので、お仕置きです」

 だからイかせません、とにっこりと笑う彼は、本当に楽しそうで仕方がなかった。








「先生、可愛い」
「や、あ」
「ね、触ってないのにこんなになってるの、わかる?」
「や、やだ、言わな、でぇ…っ」

 耳元で囁かれる甘やかな声音は全身を愛撫されているかのような錯覚さえ与える。
 久藤くんは本当に私を達しさせない気らしくて、先程から私の性器には触れる気配すらない。そのかわり、耳や首筋、胸の突起やその周辺、脇腹や足の付け根など、触れられると私が過剰に反応を示す、いわゆる私の性感体ばかりをしつこいくらいに攻め立ててくるので、じりじりと蓄積する快楽が最早辛くて仕方なかった。

「で、なんでこんなことしてたんですか?」
「ふっ、ゃ、ぁ」
「答えて先生」
「ひっ」

 いきなり彼の手が前に伸びて、敏感な先をきゅっと触れられ、思わず高い声が出た。うつ伏せにされて、腰だけを上げさせられた体勢はかなりきついものだったけれど、顔を見られずに済んだことだけは幸いだった。

「後ろもこんなにヒクヒクさせて…誘うの、お上手ですね」
「ちが、違いますっ…ひっ」
「きつ…潤滑剤、使いますよ」

 一度挿入された指を引き抜かれ、どろりとした感触と共に再び細くて綺麗な彼の指が侵入してくる。ぐちゅぐちゅとわざととしか思えないほどに音を立てて中を探るので、耳を塞ぎたくて仕方なかったが、拘束された腕ではそれも叶わない。

「本当にやらしい、こんなに音たてて、指をくわえ込んで…」
「やだぁ、ゃ、……っあぁあ!」
「?どうしました?」
「そ、そこっ、いやですっ…!や、ぁああ゛あっ!!」
「ふぅん、ここがいいんですか」
「ちがっ、やめ、や、ひっ…ひぁあっ!」

 先程、自分でいじっていた時に酷く感じた部分をしつこく指で探られ、声を抑えることも出来ない。ずるり、と指を引き抜かれたかと思うと、今度は熱の塊が後孔に触れるのを感じた。背後から覆い被された体勢での挿入に、身体がぶるぶると震える。

「せんせ、もっと緩めて…っ」
「や、むりっ…あ、ああ」
「じゃないと動けませんよ…?」

 そう漏らしながらゆるゆると腰を前後に揺すられ、自身からは先走りがたらたらと流れ落ちる。

「んっ、ひ…や、ああ゛あっ!」
「ああ、ここが良かったんでしたね、そういえば」
「ちが、そこだめ、だめ、やぁっ、や、あ、ああっ!」
「そんなにここがいいんですか?」

 ぐりぐりと同じ所ばかり突き上げられて、口の端から垂れる唾液も濡れた視界もどうしようもなかった。出口を持たず蓄積する快楽が苦しい。前に触れてくる気配はなく、後ろからの快感に気が狂いそうだ。
 その時、ぷつりと何かが切れたような気がした。ぐじゅり、と卑猥な音が接合部から響き、自分の腰が快楽を求めて揺れている。
 背後から抱き締められ、感じる所ばかりを激しく突き上げられ、耳朶に柔く噛み付かれると、もう堰を切ったように止まらなかった。

「やらぁぁぁっ、やっ、やああぁあ!」
「っ…!」

 目の前がちかちかする。達したはずなのに解放感はなく、寧ろ身体中に蔓延する快楽が酷い。ずるりと中の物を引き抜かれるだけでびくびくと反応してしまう。

「あは、せんせい…っ」
「ひ、んぅっ……くどう、くん…?」
「射精しないでイっちゃいましたね」
「え…」
「恥ずかしい人ですね…イったらだめだって言ってたのに…」
「や…そんな…」
「これじゃあお仕置きにならないじゃないですか」
「んっ!や、耳、やだ…!」

 くちゅりと耳元で濡れた音がする。久藤くんの声が響く。じゃあ射精しないで何回イけるか試してみましょう。その言葉に、気が遠くなるような思いがした。










「もう明日からまともに授業なんてできません…」
「どうして」
「恥ずかしい…恥ずかしくて、もう死にそうです…」

 ようやく解放されて、どろどろの身体のままという訳にはいかず、二人でお風呂に入った。狭い浴槽は二人で入るにはぎりぎりで、久藤くんの上に乗った状態で後ろから腰に腕を回されている。ぴったりと密着した身体から伝わる熱に赤面してしまう。

「久藤くんがあんなにねちっこいなんて、先生知りませんでした…」
「先生にだけだよ」
「…っ…そういうことを言いながらっ…触るのはやめてくださ…あっ」
「先生、かわいい」
「かわいい、て、言わな、あ、あ」
「わざわざ潤滑剤とか買ってくれたんでしょう、僕のために…」
「う…や、」
「どんな顔して買ったの?」
「やだ、やだ…あ、っや」

 首筋に顔を埋めた久藤くんの息が当たる。ちゅ、ちゅ、と軽く吸い付かれて、ああ痕が残ってしまうなんて思ったが、それが嫌ではない自分がいた。

「ね、先生…僕、嬉しいんです」
「なに、が…っあ」
「僕ばっかりがっついてるんじゃないってわかったから…ですかね」
「あ、それ、は…」
「可愛い、かわいいせんせい…すき、すきです」
「はっ…あ、わたし、も…あっ」
「本当に?」
「すき、すきですっ…すき、すき」
「…せんせい、すきですよ」

 浴室での声は反響して、耳に残る。しあわせで、満たされている気がした。





死んでしまう




 このままでは私、本当に死んでしまうかもしれません、なんて呟けば、そんなの許しませんよ、と優しく笑う彼の声が印象的だった。


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