後ろ手で屋上のフェンスに指をかけ、ぼんやりと空を見上げた。手首の包帯がほどけかかっているのに気付いたが、そのまま何事もなかったかのように地上を見下ろす。
 ちょうどその時、屋上の扉が勢い良く開いて、はぁはぁと息を切らしながら久藤くんがこちらに駆け寄る。

「先生、」
「久藤くん、どうかしましたか」
「どうした、じゃありません…早く、こちら側に来て下さい」

 切羽詰まった彼の声に私はあっさりと了承し、私の背丈よりも高いフェンスによじ登り、彼と同じフィールドに立つ。そこまでして、ようやく彼は安堵の表情を浮かべた。

「今日は早かったですね」
「ちょうど、誘われてサッカーしてたんです、そうしたら屋上に先生がいるのが見えて」
「おかげで私はまた死ねませんでしたよ」
「心配かけないでください、お願いですから」

 と、その時彼は私の左手首の包帯に気付いたようだった。ほどけかけた白から傷口を見たのだろう、ゆっくりと引き寄せて、何も言わずに緩んだ包帯を丁寧に巻き直してくれた。

「何故、そんなにも死のうとするんですか」

 じっ、とこちらを真っ直ぐに見る彼の視線にその年代特有の固さと若さを感じた。純粋に綺麗な瞳だと思う。

「どうして、でしょうね」
「先生っ」
「からかっている訳ではありませんよ」
「…とにかく、出来ればもう止めてほしいです」

 そう言って彼は私の手のひらをぎゅっと握った。温かい。先程まで運動していたからか、それとも緊張しているのか、どちらにせよしっとりと汗ばむ彼の手のひらから生命というものが流れこんで来るような気がする。

「私はやめませんよ」
「先生、」
「どうせ私が本当に死のうと思ってるなんて、考えてないでしょう」

 そう彼に向かって微笑めば、彼は黙ってしまった。

「それでいいんですよ」
「せんせい、」
「だから、心配する必要もありません」

 じゃあその手首は、と久藤くんは言うが、そのほうが死にたがりとしてはわかりやすいからですよ、と答えれば、彼はあまり納得していないような面持ちでそうですか、と一言呟いた。

「さぁ、昼休みも終わります、教室に戻りますよ」
「わかりました」

 立ち上がり、屋上の入口に向かうよう促す。少し喉が詰まった気がして、口元に手を当てて咳き込むと、こちらを見ずに、風邪ですか、と尋ねられたので、まぁそんな所です、と返した。
 私よりも少し前を歩く彼が後ろを振り向かないことを願いながら、口元を手首の包帯で拭う。包帯に滲んだ赤も、傷口が開いたと言えば誤魔化せるだろうかなんて思いつつ、赤く濡れた手のひらを見られないようにぎゅっと握り締めた。




嘘つき、嘘つき




―…―…―

死にたがりのふりをする先生


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