「先生、好きです」

 彼にそう言われると、凄く嬉しくて、同時に酷く辛くなる。

「くどう、くん」
「すき、好きなんです」

 私よりも少し下にある頭。寝癖でも、特にセットした訳でもなさそうな自然な髪型が彼によく似合っている。

 彼が私に恋慕の情を抱いていることに気付いたのはわりかし早い段階であった。
 元来自分は自分に向けられた感情のベクトルに敏感な方であったし、そういった性質もあってか若い頃は多くの人と関係を持ったりもした、それこそ男女に関わらず。そのため、経験的にも彼が私に向ける感情は一時的な若気の至りであると理解できたし、私自身、彼になるべく深入りしないようにしてきた。してきたはずだった。

「せんせい、」

 死なないでください、と以前私に告げた時のような懸命な声音で話しかけてくる。



 彼が私に向ける感情は酷く心地好くて、どうしても振り払えなかった。
 教室で、屋上で、放課後の図書室で彼と言葉を交わす度に、彼に惹かれていくのがわかった。
 死にたくて辛くて仕方がないときに、真摯に私を案じる声が優しかった。
 私が彼に対して恋慕の情を抱くのに、そう時間はかからなかった。

「せんせい、すきです」

 彼にすきだ、と言われることがとても嬉しい。
 だけど、

「先生…せんせい、」

 彼の唇が私のそれに触れる。
 必死な彼の声が、耳に響く。

「せんせい、すき、」

 きっと、彼は知らない。
 彼がその言葉を口にする度に、私は酷く惨めな気持ちになることを。
 彼の気持ちが一過性のものであることに気づいているのはきっと私だけ。
 彼だってあと一年程すれば卒業してしまうし、私もいつかは転勤せざるを得ない。

「先生、」

 その声が、泣きたいくらいに鼓膜に響いた。




突き刺さる言葉





―…―…―

雨が止まないで先生が泣きそうになる理由。


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