※准と可符香
「先生が屋上から飛び降りたの」
「なっ」
「なんて、信じた?」
くすくすと笑う彼女に意識を集中させる。相変わらず、彼女の言葉はわからない。
「いやだなあ久藤くん、先生がそんなことするわけがないじゃない」
「、そう、だね」
他の人と話すときには感じない“何か”。それはあるいは恐怖と呼ぶに相応しいかもしれない感情を圧し殺して、僕は何でもないように振る舞う。
「君の言うことは時々嘘か本当かわからなくなるよ」
本当は、時々なんかじゃない。いつだって彼女の言葉は僕にとって不思議な意を持って突き刺さってくる。
「うそつきな羊飼いの少年は、いざというときに信じてもらえないでしょ?」
「……」
「だから私は本当のことだけを言うんだよ?」
「その時点で嘘だよね?」
ふふ、と彼女は口元をほころばせた。
「じゃあ私の言うことは全部嘘なの」
「それもまた、矛盾するようなことだね」
背筋に流れる嫌な汗を無視しながら、僕は彼女の口元をじっと見つめる。
僕と彼女以外誰もいない教室は静かすぎた。窓から射し込む夕陽が教卓を、机を、彼女の制服をオレンジ色に染め上げる。
「うん、やっぱり」
彼女の口がゆっくりと動く。思わず一歩後ずさった。彼女は窓際に寄る。少しでも距離を取れと本能が告げている、足が震えているような気がした。やめて、くれ。
「久藤くんは良いなぁ」
窓の外を一瞥した後、彼女がくるりとこちらを振り向いた。
「私、久藤くんのこと、好きだなぁ」
逆光。その表情は、こちらからは見えない。
「……それは、嘘?」
彼女には僕の恐怖などお見通しのようだった。一瞬のような永遠のような沈黙。突然、あははと愉しそうに彼女は笑いだした。
「やっぱり久藤くんは良いね」
からからと彼女の笑い声が響く、酷く耳が痛い。
「ふぅ、今日は愉しかった」
一歩、また一歩と彼女はこちらに歩み寄る。まるで金縛りにでもあったかのように足が動かない。これは何だ。
「はやく先生の所に行ってあげた方が良いかもね」
彼女が僕の横を通り過ぎる。僕は立ち尽くしたまま、動けない。
「先生は本当に屋上から飛び降りたかもしれないよ?」
彼女は一歩ずつ僕から離れていく。足が、動かない。
「どれが本当で、どれが嘘かわからないなら、自分で確かめるしかないじゃない」
がら、と教室の扉の開く音。
「じゃあね、久藤くん」
先生が生きてたら、よろしくね。
彼女が教室を後にしても、なかなか僕は動き出せない。
彼女の虚構と彼女の真実が飽和した教室に取り残された僕は、ただただ先生に逢いたくて仕方がなかった。
虚構と真実
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望←准+可符香