夏、特にお盆休みの時期。学校の図書館はもちろん閉館しているので、だいたいこの時期は自宅近くの図書館にこもるようになっていた。クーラーもきいているので、家にいるよりよっぽど快適だ。

「あれ」

 たった今読み終えた本の続きを取りに行こうと席を立ち、目当ての本棚に足を運ぶ途中で見知った姿を目にする。

「どうしたんですか、こんな所で」
「おや久藤くんじゃないですか」

 先生はいつもの和服姿で、やや夏の暑さにまいっているようにも見える。また細くなったんじゃなかろうか。

「家にいるより涼しいでしょう? まぁ、平たく言えば暇なんですよね」
「はは、僕も似たような理由ですよ。そうだ、僕の座ってる席、向かい側があいてるんですけど…どうですか?」
「それはありがたい。ちょうど今来たばかりで、席を探していたんですよ」

 目当ての本を手に取ると、先生も同じ棚から本を物色し始めた。これ読んだことありますか? 面白かったですか? と尋ねられたので、そっちよりもこの作者のこのシリーズの方がオススメですよ、と答えるとじゃあこれにします、と先生も本を手に取る。

「それにしても、今日は暑いですね…とてもじゃありませんが、クーラーなしではやっていけませんよ」
「先生、見るからに暑さ寒さに弱そうですもんね」

 席に戻るまでの間、小さな声で交わすやり取りに笑みがこぼれる。先生と話ができるだけで、こんなにも嬉しい。
 しかしまぁ、席に着いてしまえば集中するのはやはり本だ。ページを捲る音以外は本当に静かなもので、すっと本の世界に入っていける。
 しばらくして、読み終えた本からふっと視線をあげれば真剣にページを捲る先生の姿が目に入った。瞬きをする目の動きもしっかりと見て取れる。睫毛が長いなぁ、とか、肌が白いなぁ、なんて思って見ていると、顔を上げた先生と視線がかち合った。なんだか気恥ずかしくて、本取ってきます、なんて口にしてから席を立つ。見ていたのがバレたかなぁ、とも思ったが、先生は自分のことには結構鈍感なので気付いてない可能性の方が高い。その証拠に、別の本を取って再び席に戻ってきた時には先生は既に視線を本に落としたまま集中していた。







 間もなく当館は閉館致します、と館内に閉館案内の放送が流れる。視線を上げて周囲を見渡せば、人の姿はすっかりなくなっていた、目の前の席で、小さく寝息をたてる先生以外は。連日の暑さに疲れてしまっているのかもしれない。そんな気持ち良さそうに眠っている所を起こすのは偲びないが、こればかりはどうしようもない。

「先生、ほら、起きてください」
「んぅ……」
「閉館ですって」

 軽く先生の体を揺すると、小さく声が漏れた。よっぽど疲れているんだろう、覚醒までかなり時間がかかりそうだ。

「目を覚まさないと、キスしちゃいますよ?」

 お姫様を起こすにはキスが必要ですから、なんて、と苦笑しながら告げれば、少しずつ体を起こしかけていた先生がぱっと顔を机に伏せた。
 口にした自分も、相当恥ずかしいことを言った自覚はある。確かに僕は先生が好きで、先生も僕が好きだと言ってくれたけれど、未だにキスなんてしたことはない。したいという気持ちはあるものの、手を繋ぐだけで精一杯だ。
 恥ずかしい、なんて思っていると、顔を伏せた先生が小さな声で何かを言っていることに気付く。

「どうしましたか? ほら、起きてください」
「…ずるいですよ…」
「?」

 先生はちらりと顔を上げて此方を見る。その顔は赤い。

「そんなこと言われたら、起きたくなくなります…」
「え?」
「期待しちゃうじゃないですか……」

 目を覚まさなければ、キスしてくれるんでしょう? なんて恥ずかしそうに此方を見やる先生は、なんて可愛らしい人なんだろうか。好きな人にキスしたくてたまらないのは、どうやら僕だけではなかったらしい。
 周囲に人がいないことをもう一度確認してから、机に伏せる先生の頬に軽く唇を落とす。そして先生が顔をこちらに向けたその隙にもう一度、今度は唇に口付けた。

 もう少しだけ、このままでいたい。そう思ったけれど、いつ人が来るかもわからないので唇を離した。一緒に帰りましょう、と言う自分の声が震えているのがわかって少し笑う。緊張しすぎだろう。でもそれはどうやら先生も同じようで、良ければ食事でも、と誘う先生の声も弱々しく震えていた。




もう少しだけこのままで





 もう少しだけこのままでいたい。
 そう思って、図書館から出た僕は先生の手を握った。







25000hit企画
准望/放課後の図書館ではじめてのチュウに無茶苦茶照れる2人


「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -