※准命








 例えば、一緒にお茶を飲むとき。話をするとき。キスするとき。セックスするとき。
 僕の好きな人はいつも何かを――その“何か”の正体を僕は知っているが――気にして、何でもないように振る舞っている。僕には通用しないとわかっていて、それでもその態度は変わらない。


「そうだ、冷蔵庫にプリンがあるんだが食べないか」
「え、いいんですか?」
「……弟がここに来るときにいつも買ってくるんだ。3個パックのものを買ってくるものだからいつも余る」
「あぁ、望先生甘いもの好きですもんね」
「……そうだな」

 若干の間の後、取ってくるからちょっと座って待っていてくれ、と彼は席を離れる。ああ、またやってしまった。だがしかし今のは不可抗力だ。だって、話を先に振ってきたのは彼の方なのだから……と考えた所で気が付く。彼は、わざと自分でその話を振ってきたのだということに。わざわざ話を振って、僕の口からあの人のことが出るように誘導して。
 プリンを手に彼が戻ってくる。眼鏡の奥の瞳が、疑うような色を持ってこちらを見ているような気がして、頭に血が上るのがわかった。

「……どうしたんだ、そんな顔して」
「どうしたもありませんよ」

 席に座った彼を見つめて、一言。どうしてこの人は、こんなに。

「そんなに僕が信じられませんか」

 彼がビクリと反応する。眼鏡の奥の瞳が揺れた。僕は席を離れ、彼の前に立つ。椅子に座る彼を見下ろす形になって、いつもとは逆の視点が新鮮だった。

「そういう訳では……」
「じゃあ何ですか、わざわざ僕を試すようなことして……そんなに、比べられたいんですか」

 こちらを見上げる目が、傷付いた色を見せた。そして、直ぐに視線を合わせなくなる。

「比べられたいならいいですよ……、全部、比べてあげるから」
「なっ」
「ああ、今の声、望先生に似てる」

 そこまで口にして、上から彼に口付けた。んっ、と詰まった声が上がる。緩く開いた口に舌を差し入れると、ぬめった熱が伝わった。そのまま口内を蹂躙し、空いた手で彼の耳を軽く触るとぴくりと反応を示した。

「はっ、あ、」
「耳も感じるよね、望先生とそっくり」
「ふっ……は、」
「でも声を我慢する所は似てないかな」
「っ、……」

 白衣の下のシャツに手を伸ばし、ボタンをゆっくり外していく。晒された素肌は白くて、ぐちゃぐちゃになるまで汚したい、と思った。

「ほら、もっと声だして」
「いや、だ……」
「嫌じゃない、ほら」
「ひっ……!」

 胸の突起をきつく捻ると、さすがに痛みの方が勝ったのだろう、声が漏れた。あの人とそっくりな声をして、そのくせあの人とは違うその我慢するような声に酷く興奮する。

「あぁ、やっぱり痛い方が感じるの?」
「ち、がう……」
「違わないでしょ? じゃあどうしてここたってるの」
「っ、……」
「兄弟してこんなに淫乱なんて、恥ずかしくない?」

 首筋に唇を寄せて噛みついた。ズボンのベルトを外して裾から手を挿し込みゆるくたちあがっている彼の性器を軽く握れば、いやいやと頭を振る。それが気に食わなくて親指の腹で先端の方を押し潰すようにすればぬるりと先走りの液が溢れた。

「嫌って言いながら感じてるじゃないですか。もっと素直になったらいいんじゃないの、望先生みたいに」
「も、いや、だっ……っ、あ、あ」
「何が嫌? ああ、もっとちゃんと触って欲しかったの?」
「ちが、あ、あ、…っ!」

 性急に彼の自身を擦りあげ、しつこく先端の部分に緩い刺激を与え続ける。耳元に唇を寄せ、もっと啼いてよと耳朶を甘く噛んだのと同時に先端に爪を立てると、その刺激に耐えきれなかったのか僕の手の中に呆気なく白濁を吐き出した。

「っ、は……、」
「早かったね」
「……っ」

 着衣のまま乱れる姿が酷く卑猥だった。和服もいいけどこうしてかっちりと着込んだシャツもいいね、なんてわざと彼に声をかける。達した後の脱力した身体で、彼はこちらを見た。酷く傷付いた顔だ。今にも泣き出しそうに顔を歪めて、それでも泣かない。なんでこの人はこんな風なんだろう。

「ねぇ、命さん」
「な、に……」
「泣いてよ」
「っ、いや、だ……!」
「どうして」

 命さんは自分の腕で顔を隠すようにしてしまった。隙間から覗く頬が赤い。

「っ、私が、泣いたら……」
「うん」
「嫌われ、る、……」
「誰に?」

 なるべくやさしい声音で問い質す。彼の声は既に泣いているときのそれだった。恐らく、腕の下では涙で頬を濡らしているのだろう。

「わた、しは……アイツと似ているから、」
「……」
「比べたら、君は、望の方を選ぶ、だろう?」
「命さん」
「だから、泣きた、く、ないっ……」

 彼の腕を引っ張ろうとすると抵抗される。無理に力を込めて顔から引き剥がすと、案の定その顔は濡れていた。見るな、と弱々しく彼が言う。僕は彼をぎゅっと抱き締めた。

「命さんは酷いよ」
「っ、……」
「何度も言っているでしょう、僕が好きなのは命さんだって」
「くどう、くん」
「そうやって、僕の気持ちを確かめて。信用されてないってことでしょう」

 その言葉に、彼の動きが止まる。ようやく、まっすぐにこちらを見てくれた。

「お願いだから、卑屈にならないで。僕が好きなのは貴方なんだから」

 信じてほしい。僕の、彼を好きだと思う気持ちまで否定してほしくない。
 彼の眼鏡を取る。目元に唇を落とした。そうしてそのまま唇を重ねる。ああ、やっぱりこの人と望先生はこんなにも違う。だって、今あの人を思っても、こんなに心を揺さぶられて、胸を締め付けられて、悩んだり、怒ったり、辛くなったり、満たされることなんて、ないのだから。






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