※望と可符香
※暗い





 少女は笑う。薄っぺらい笑みを、その可愛らしい顔に貼り付けて。
 望にとってその表情こそがもっとも恐怖を感じるものであった。人間らしさをどこかに置き忘れたような、嘘臭いその表情が、望は恐ろしかった。だがその恐怖をなるべく表情に出さないように努めながら望は少女と向き合う。少女はにっこりと微笑んで口を開いた。

「せんせい、英語を教えてください」
「え、ええ、良いですけど……いったいどこです?」
「この文章です」

 その文章は有名な劇の一節であった。望は少女の顔を見る。作品と作家の名前をつぶやいて、望はその一節に視線を落とした。

「これのどこをききたいんですか?訳しかたとかですかね?えっと…これは不定詞の用法で言うと、」
「いえ、そういうことじゃありませんよ」

 解説を始めようと口を開いた望を少女は制した。ならば何を聞きたいのかと望が顔をあげると、望を覗き込むようにしている少女の目。真っ黒なその艶やかな目に望は戦慄する。

「先生は、この文章をどう思いますか?」
「え…」
「『生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ。』死にたがりのフリをしている先生はどう思ってるのかなぁって気になったんですよぉ」

 少女の声色は可愛らしいが、鋭利な刃物のように望をぐさりと突き刺してくる。

 本当は絶望なんてしていないでしょう。なに不自由なく暮らしてきて、それなのに死のうとするなんて、わからないなぁ。本当の絶望なんて先生は知らないのに。ああでも、先生は死ぬつもりなんてさらさらないんでしたよね。大丈夫ですよぉ、先生にはそんな度胸ないってことくらいわかってますから。

 この少女は何を言っているのだろう、と望は考える。



 生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ。望は、少女に「  」と言われているのだと気が付いた。




to be or not to be




(さよなら、絶望せんせい、)







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望と可符香


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