※幼少糸色家捏造






 ばか、ばかばかばか、おおばか。
 もうあんなやつなんて知るものか。なんでこっちがガマンしなきゃいけないんだ。

 いつだって、父さんも母さんも兄さんたちも、それどころか家中の使用人たちも一番下の弟ばかり可愛がる。確かに弟はちょっと抜けてるところもあるし怖がりだしすぐ泣くし、男ばかり4人兄弟なものだから、女の子みたいにかわいい一番下の弟はより一層可愛がられる対象なのだろう。
 自分にとってもかわいい弟には違いない。何かあれば、えんにいけいにいみこにい、と名を繰り返し呼ぶ弟。かわいくて仕方ないのだ。本当は。わかっているんだ。



 その日は親族で集まって食事会をしていた。もうすぐみこちゃんも小学生ねぇ、と僕に話しかける親戚に、ありがとうございます、と笑って頭を下げると、まぁ礼儀正しい、みこちゃんはすっかり大人ねぇ、と誉められたのを覚えている。
 その時僕は小学校の制服を着ていた。新しくてピカピカの制服を自慢できて、僕は少し得意気だった。そんなところに、望がやってきた。見るからに甘そうなフルーツジュースをコップいっぱいに注ぎ、両手でしっかりと握りしめて。親戚のお姉さんたちに着飾らされたのだろう、望は袖や襟口に細かいレース、胸元と腰にリボンがあしらわれた、ふわりとしたワンピースを身につけていた。
 あらまぁ望ちゃんったら可愛いわねぇ。うちの子にしたいくらいだわ。いやいやうちの子に。そんなおばさんたちの談笑が聞こえたが、望は全く気にしていないようで、はいみこにい、とジュースを差しだそうとした。が、慣れないスカートのせいか、裾を踏んでしまった望は、手に持っていたコップをひっくり返してこけた。盛大にこけた。もちろんのことだが、ひっくり返ったジュースは……僕の、新しい制服を濡らして汚した。

「ふぇ…みこにぃ…」

 こけてしまった望に周囲の大人たちが大丈夫!?とあわてて声をかける。そしてその後でようやく僕に声をかけた。


 その後、どうしたのかははっきり覚えていない。でも、僕は望を怒ったのだった。望はひどく泣いていて、それがさらに僕を苛立たせた。
 そして、僕は家を飛び出した。







「命」

 家から少し離れた公園。そこのブランコに座っていた僕に声をかけてきたのは景兄さんだった。

「…何しにきたんだよ」
「おお、これ」

 寒いだろ、と兄さんが差し出したのは僕の上着だった。それを無言で受け取ると、景兄さんは何も言わずにじっとこちらを見た。

「……なに」
「いや、帰らないのか、と思って」
「帰れるわけないだろ」
「どうして」
「望がいれば僕なんていなくたっていいんだろ。放っておいてよ」
「うーん…」

 景兄さんは少し考え込むように腕を組んだ。そうして、ふと兄さんは口を開く。

「俺は望も好きだけど、命も好きだぞ」
「え」
「俺だけじゃない、縁兄さんも父さんも母さんも、時田とか他の使用人たちだって、命のことが好きなんだ。望とお前は違うだろ、望がいるからお前はいらないなんて、そんな理屈があるか」
「兄さん…」

 景兄さんはそう言って僕の頭に手を置いた。それに、と兄さんは続ける。

「お前のことが大好きだって言うやつがもう一人いてな、お前に言いたいことがあるらしいぞ」

 もう出てきていいぞ、と景兄さんが声をかける。え、と思って兄さんが声をかけた方に視線をやれば、そこには縁兄さんに引っ付いて隠れるようにしている望の姿があった。

「ほら望、命に言いたいことがあるんだろ?言ってごらん」

 縁兄さんは自らにぎゅっとしがみつく望を宥めるように優しく声をかける。望は恐る恐るといった風に声を漏らした。

「あのね、みこにぃ…」

 おようふくよごしちゃってごめんなさい、のぞむのこときらいにならないで。

 望は目に涙を浮かべてそんなことを言う。よしよし、よく言えたね、と縁兄さんは望の頭を優しく撫でた。

「だそうだぞ、命」
「景兄さん…」
「お前は望のことが嫌いか?俺や、縁兄さんも嫌いか?」

 景兄さんの言葉に、僕は首を横に振る。なら問題ないな、と景兄さんは笑った。

「じゃあ、帰ろうか……ね、命」

 縁兄さんは望の右手を握っている。そして望の左手を僕の前に差し出した。僕はその手を取ると、ぎゅっと力をいれた。僕よりも小さい手のひら、大好きな弟の手。
 なんだよ俺もまぜろよ、と景兄さんが拗ねたようなことを言うので、僕は笑って景兄さんに左手を差し出した。




一緒に帰ろう





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