※景+命





「兄さん、今度は何を描いているんですか」
「ああ」
「話、聞いてますか」
「ああ」
「……聞いていないでしょう」
「ああ」

 筆をとったこの人はいつもこんな感じだ。昔からそうだった。声をかけても生返事。自分の世界を持っていて、そこに入ると戻ってこない。
 それを、横から眺めるのが昔から好きだった。兄の手から、新しく産み出される世界。普段自分と同じ空間で生活しているはずなのに、こんなにも見ている世界は違うのだろうか。

「サボテン」
「え」
「何を描いているか、だ」

 お前が聞いてきたんだろう、と軽快に筆を走らせながら何事もなかったように話す兄に苦笑する。それと同時に、彼の世界に侵入することを許容されているという事実が嬉しいと思ってるしまう。
 こんな風だが兄はこれまでに結構な数の女性と付き合ってきている。変人極まりないようにしか見えない兄だが、むしろ芸術の世界ではそれが良い方向に映るらしく、綺麗な顔立ちとともに女性から求愛される要因の一つでもあった。
 だがそれらの女性は皆が口を揃えて「筆をとった彼に話しかけても反応ひとつ返ってこない」と言うのだ。自分は弟で、身内だ。だからこそその世界に入ることを許されているのだとわかってはいるが、それでも侵入を許可されることが一切ない彼女らに対して優越感に似た何かを感じていないと言ったら嘘になる。


「命、お前はコレみたいだな」
「?」
「こっちの話だ」

 兄の言葉に、再び彼の世界を覗き込む。あの筆が、それを操るその手が、その世界を作りあげている。その手で彼は私に触れる。彼の世界の一部の私。
 彼がサボテンだと言うその世界と同化して、その棘が私の柔らかな部分に突き刺さった気がした。






仙人のてのひら





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