※晴千里
※千里姉(キタ姉)が出てきます












 く、と小さく欠伸をかみ殺して、寝惚け眼を擦る。ぼんやりと部屋を見渡した後、机に突っ伏したまま寝息をたてる幼なじみの背中に視線を向けた。その肩は細くて小さくて、普段の独裁者のような彼女とは別人にしか見えない。

(まぁ、別に私はそんな千里も嫌いじゃないけど)

 くしゅ、と千里が小さくくしゃみをした。風邪をひいてしまうかもしれない、そう思って、彼女の頼りない背に薄い毛布を被せる。
 トイレに行こうと千里を起こさないように部屋を出た。ぎし、と小さく軋む階段を降りると、

「あ、キタ姉起きてたんだ」
「ん、ちょっとお腹すいちゃって」

 冷蔵庫の前にしゃがみこんで中を物色する千里の姉の姿。あんたはどうしたの? と問われたので、ちょっとトイレ、とだけ返す。

「ほんと、自分の家みたいにしちゃって」
「もう自分の家みたいなもんじゃん」

 この家を出たキタ姉よりよっぽど知ってるかもよ、なんて言えば、そう言われればそうかも、なんて笑われた。

「そういえば、あんたまだそういう漫画描いてるの?」
「いきなりだなぁ……まぁ、ね。それがなに?」
「ううん……なんでもない」

 笑うキタ姉になんだか変な感覚を覚えながら、とりあえずトイレに向かう。手を洗ってまた戻ってくれば、キタ姉はダイニングテーブルに座ってコーヒーを飲んでいた。それとは別にもうひとつカップが置いてあるところを見ると、座って一緒にお茶でも飲みなさい、ということらしい。

「台所、コーヒー用意するだけであんなに汚くなるっけ? また千里に怒られるよ」
「そこはほら、仕方ないじゃん。片付けはよろしくね」
「はいはい」

 椅子をひいて腰かける。まだいれられてから時間が経っていないからかカップを手に取るとじわりと伝わる熱が心地好い。
 一度口をつけてからスティックシュガーに手を伸ばすと、キタ姉の視線がやけに刺さる。

「なに、あんまり見られると恥ずかしいんだけど」
「んー……別に」
「もう、なんなの?歯切れ悪いなあ」
「や、ちょっとね」

 キタ姉は自分のコーヒーをスプーンでかき混ぜながらしみじみと言った。「晴美みたいな子がいてくれて良かったなぁって」

「え、ちょっとやめてよいきなり」
「いやいやホントのことだよ?」

 あんたがいるから私は安心して千里を任せられるんだって。カップを置いて手を体の前で組み、笑うキタ姉はやっぱり美人でドキリとした。

「小さい頃なんてさ、夜になると、晴美がいないよ〜なんて泣いちゃって。姉としては複雑だったんだから」

 こんなどこの馬の骨ともわからないやつに妹を取られた気分で。そう意地悪く笑うキタ姉に苦笑する。確かに小さい頃は、なんだかやけに彼女から睨まれていたような気がしていた。気のせいじゃなかったんだ。

「ところで千里は? まだ起きてんの?」
「んーん、寝てる。あんな風に大人しくしてたら可愛いのに」
「人の妹になんて言い種よ……とか言ってさ、千里が大人しくしてなくてもあんたは千里の味方してるんでしょ?」
「え、それはどうかなー」
「今頃千里が目覚まして、『晴美がいないよ〜』って言ってるんじゃない?」

 まさかそんな訳ないじゃん、と笑いながら顔の前で手を振る。コーヒーカップに口をつけると、勢い良く階段を降りる足音が聞こえてきてびっくりして視線を音の方に向けた。

「あ、千里」

 どうした? とキタ姉が手をひらひらと振りながら尋ねる。千里は私と姉の二人をじっと見つめたあと、ふぅと一息吐いた。

「目覚ましたら晴美がいないから、ちょっとびっくりしたの。」

 なんだ、二人一緒にいたんだ。という千里の言葉についつい私はキタ姉を見た。私が言った通りじゃん、と勝ち誇ったような笑みを浮かべる彼女に、参りましたの意を込めたジェスチャー。なんだか可笑しくて二人して笑ってしまうと、千里はぽかんとしている。

「ああ、またお姉ちゃんはこんなに台所散らかして。」
「ごめんごめん、片付けは晴美にしてもらうから」
「いい、私がする。」

 もう、仕方ないなぁ。そうごちながら台所洗剤を手に取る千里を横目で眺める。

「やっぱりキタ姉の言う通りかも」
「ん、何が?」

 なんでもないよ、と笑うとキタ姉はそう、とだけ答えて頬杖をついた。それは何もかもお見通しって感じの顔で、やっぱりかなわないなぁと思った。




なんでもないよ




(私は彼女の味方なのだ、例え世界中が彼女の敵となったとしても)

(そんな、なんでもないような話)






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幼なじみ晴千里


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