「痛、」
「す、みませ、ん…っ」

 ぎゅう、と僕にすがりつく先生の細い腕。肩に立てられた形の良い爪に感じてしまった痛みをつい口から溢してしまうと、僕よりも何倍も何十倍も痛いはずであろう先生から謝罪の言葉が出て、僕はほんの少し申し訳ない気持ちになった。
 きつく目を瞑り、固く唇を結んで必死になって耐えている先生に、嗜虐心を煽られる。先生の声をどうしても聞きたくて、角度や強さを変えて突き上げるていると、ある一点で先生の固く閉ざされた唇が開き、直ぐに手で覆われる。

「だめですよ先生、手はこっちに」
「っ、くど、くん…」

 口元を覆い隠そうとする手を再び僕の背中に回させる。身体がぴったりと密着して、気持ちが良い。
 つめ、立てても良いから、と先生に耳打ちしてから、先程の一点ばかりを何度も打ち付けると、ぎりりと肩口に爪が食い込み、先生の口からは切羽詰まった喘ぎが溢れた。



 * * *



「おい久藤、そこ、どーしたんだ」

 体育終了後の更衣室にて木野に問われたが、何のことか解らずに疑問符を浮かべると、木野は自らの肩口を指差し視線を促す。

「もしかして彼女だったり?」
「バーカ、久藤に限ってんな訳ねえだろ」
「でも久藤、モテモテじゃんか」
「そうじゃなくって、久藤がこんな激しい相手と付き合ってるとは思えないって話」
「確かに」
「久藤って性欲薄そうだし」

 こちらが口をはさむ暇すら与えずに話し続ける木野、芳賀、青山。興味と好奇心のみで押し進められる会話に、僕は苦笑か何かよくわからない曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。

「で、実際のところ、どうなの?」
「どーせ猫に引っ掛かれたとかそんなオチなんだろ」

 彼らの中での自分はどういう位置付けなんだと些か疑問に思ったが、肩口に残る些細な傷跡を目にして、思わず笑みがこぼれる。

「そうだね、猫に引っ掛かれたんだ」
「ほーら、やっぱりな」
「可愛い可愛い、大切な猫にね」
「…ん?」
「なかなか鳴いてくれない、ちょっと意地っ張りな猫でさ」
「おい久藤」
「口を塞ぐくらいなら爪を立てて、って言ったら、珍しく素直に聞いてくれたんだ」
「ちょ、え、?」
「期待、裏切ってごめんね」

 僕、その猫に対しては性欲抑えられないんだ。
 にっこりと笑ってワイシャツの袖に腕を通すと、三人の奇声が更衣室に響いた。




些細な傷




些細な傷跡さえも、僕らの愛を証明している




―…―…―…―

本屋組の口調がわかりません


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「見えない臓器の名前は」
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