※命望




 耳の奥の方に蝉が住み着いている。
 そう思ってしまうくらいに蝉の声が煩くて、それが余計に体感温度を上げていた。実家には離れがあって、陽があまり入り込まないそこは薄暗く、存外に風通しが良い。小さいころからのお気に入りのそこに、うっすらと汗ばむ体を投げ出した。畳の感触が心地良い。

「またお前は、電気もつけないでこんな所にいたのか」
「兄さん」

 帰って来てたんですね、と言えば、帰って来てたら悪いか? と苦笑された。

「お前は本当に小さい頃からここが好きだな」
「まぁ、涼しいですからね…といっても汗はかきますけど」

 命兄さんは畳に寝そべる私の横に腰を降ろした。畳の目を指でなぞると、ここは蝉が煩くてかなわないな、と笑う。

「小さい頃はここでよく遊んだな」
「……そういえば、私が中学生の時でしたっけ」
「何がだ」
「命兄さんと初めてシたの」

 兄さんはいきなり咳き込んだ。しばらくそうした後、彼は無言で此方を睨み付ける。

「確かあれはこんな風に暑い日でしたよね…やっぱり、こうして離れで二人っきりになったときでした」
「望…お前は何か俺に恨みでもあるのか?」
「いいえまさか…あの時は兄さんも焦ってて、切羽詰まってて…後にも先にも、あんな兄さんを見ることはないんじゃないかと思うくらいでしたよ」

 横にした体を起こして、和服がはだけるのも気にせず座り込む。気まずそうな表情の兄さんに何やら優越感に似たものを感じて笑みをこぼすと、兄さんがすっと目を細めた。

「なぁ望」
「な、なんですかいきなり…」

 瞬きをする間もなく、兄さんが体をこちらに寄せる。耳元で話しかけられればこちらが弱い。それがわかっていて、この角眼鏡野郎はそういうことを平気でやる。指先を絡めて、低音の響く声で囁くこの男は本当に質が悪い。

「今から、もっと暑くなるようなことをしようか」
「っ…」

 絡んだ指がほどけて、太ももに伸びてくる。息を詰まらせると、兄さんはくっと笑った。

「ちょっ……真っ昼間からなに考えて…っ」
「何の話だ?」

 抗議しようとすると、すっと体を放された。兄さんの方を見れば、本当に意地の悪い顔で笑っている。

「俺は午後からテニスでもしないかと思って誘っただけだが?」
「なっ…!」
「運動すれば暑くなるだろう? それとも、何か別のことでも想像したのか?」
「…この変態角眼鏡が…っ」

 俺より優位に立とうなんてまだまだ望には早いよ、と兄さんはくつくつと笑う。さぁ、外に出ようか、と先に立ち上がった兄さんが手を差し出した。それを取って、引っ張り上げてもらう。と、勢い良くそのまま引き寄せられ、また耳元に口を寄せてくる。

「ちょっ、兄さんっ」
「もっと熱くなることは、また夜にしてあげるよ」
「っ…!」

 耳の後ろを指先でくっと撫であげられて、ぞくりと快感が腰にきた。
 耳の奥の方に住み着いた蝉のことなんて忘れるくらいの出来事。兄さんを恨みがましく睨み付けると、お前顔が真っ赤だぞ、と笑われた。




指先に触れる





触れてきた彼の指先は、確かに熱かった。






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命望/ひたすらイチャイチャ


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