※あびると命



 ねぇ絶命先生、と話しかける少女に、その名前で呼ぶのはやめてくれと溜め息を吐く。右足の包帯を外して、消毒してから再びガーゼをあてがった。その上から再び包帯をきゅっと結び直していると、少女はこちらをまっすぐ見る。

「なにか良い勉強方とかってありませんか」
「何を唐突に」
「大学行こうと思ってるんです。獣医になりたくて。だから」

 そういう少女は確か成績が良かったはずだ、弟がそう言っていたのを聞いたことがある。獣医でもある程度の大学なら合格できるんじゃないのか、と思っていると、親に負担をかけたくないからなるべく国公立大学に行きたいのだと言う。

「まだ一年以上あるけど、今のうちから苦手を潰しておきたいんです」
「へぇ、」

 軽く相槌をうちながら、そういえばこの子は父子家庭だったななんて考える。いいよ、少しくらいなら教えられる、特に英語と理数系はね。そう言うと、じゃあ英語をお願いします、と返ってきた。

「英語のどこが苦手?」
「ええと、文法だと関係副詞とか…あと単語とか熟語とかが曖昧で」
「ふーん……」

 少女の右腕を取り、包帯を外して傷口の様子を見ながら考える。

「受験英語を教えるには私自身ちょっと復習しないといけないからね、文法は次に来た時に詳しく教えよう」
「わかりました」
「単語とか熟語だけど…やっぱり本質とか成り立ちを理解すると覚えやすいな。関連付けて覚えるのも良い」
「関連付けって、例えば?」
「延期するって単語はpostponeだが、熟語ではput offだ。中止するって単語はcancelで熟語はcall off。延期はどちらもPから始まって、中止はCから始まる。似たような組み合わせの熟語でセットを作るのも良い。come up withとかcatch up withとか」
「へぇ」

 右腕の傷を消毒しながら、少女に話し続ける。無駄な肉が付いている訳でもない、むしろ細すぎるくらいなのにも関わらず、女性特有のやわらかさを持つその二の腕の内側には、大きな切り傷が残っていて痛々しい。

「あとは意味の違いに注意したり。doubtとsuspectは同じ【疑う】という意味だが、用途が違う。doubtは【(そうではないと)疑う】のに対して、suspectは【(そうだと)疑う】んだ。ややこしいけど、こういう違いはセンター試験とかでも狙われたりするし」
「そうなんですか」
「どうしても覚えづらいようなら、自分で文章を作ってみるといい。例えば、」

 そこまで言ってから、少女の方を見る。彼女の真っ黒な瞳に映っているのは弟と良く似ていると言われる自分の顔だ。

「私は、君が望のことを好きなんじゃないかと疑っている。この場合の疑うはsuspectの方だ」
「、それは」
「いや、別にいいんだよ隠さなくても」

 さぁ、これで今日の分の治療はおしまいだ、と少女の包帯を綺麗に結び直してから告げる。
 次に来るまでに良い参考書を見つけておくよ、と微笑みかければ、少女は小さく頭を下げた。

「命先生」
「どうかしたかい」
「私も、疑っていることがあります」
「あぁ、さっきの話か」
「はい、だけどdoubtかsuspectなのかわからなくて。命先生なら教えてくれますか」
「へぇ、何を疑ってるんだ」

 わかる範囲で教えよう、と答える自分に対して、荷物籠に入れていたカバンを持ち直した少女は視線をまっすぐこちらに向ける。

「私が命先生を見ているとドキドキするのは、私が、貴方にそっくりな糸色先生のことが好きだから?それとも、貴方のことが気になるから?」
「え」
「そこがどうしてもわからなくて、自分自身がおかしくなったのかとか、ただの気の迷いなのかとか、いろいろと疑ってしまって」

 この気持ちは何なんですか?答えは次に来た時に教えてください。
 そう言って少女は診察室を出ていった。その姿を視線だけで追って、小さくため息を吐く。

「…これはまた、難しい質問だ」
 一体どうやって答えればいいものか。少女の手足に触れた自らの手のひらを見つめて、またため息を吐いた。





doubt and suspect





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