今日は隣の席のアイツが休みなので、ちらりと横を盗み見れば空席を挟んだ隣に白い包帯を身に纏う彼女の姿が映った。

 この最後のらむは何形だと思いますか、それじゃあ、ええと、

 先生は座席表に視線を落とし、少し考えてから、芳賀くん、とその柔らかい声音で指名する。
 名を呼ばれた芳賀はどうやら集中していなかったらしく、黒板に白墨で書かれた和歌をじっと見つめ、しばらくしてから小さな声で「…未然形?」と語尾を上げて答えた。その答えにクラス中からくすくすと笑い声がもれる。
 先生は少しだけ困ったように笑い、「らむの活用は言えますか?」と尋ねる。それに目を反らした芳賀を見て、じゃあ後ろの藤吉さん、と一言。指名された藤吉さんは、「○・○・らむ・らむ・らめ・○、です」とすらすら答え、正解です、と先生が言ったのを聞き遂げてから席に座り直した。

 それでは芳賀くん、もう一度聞きますが、このらむの活用形は何だと思いますか?

 そうして先生と黒板へ交互に視線を送っていた芳賀は、終止形、と自信無さげに答えた。

「そうですね…一見そう見えますが違うんですよ。これは少し意地悪でしたね」

 芳賀くん座って良いですよ、と告げられてようやく芳賀は息をついた。

「じゃあこれがどうして終止形にならないのかの説明を誰かに……そうですね…」

 先生の視線が座席表に落ちて、直ぐに此方に向かうものだから、頬杖をつきながらそれを見る俺はつい焦ってしまう。

「……そうですね、たまには当ててばかりでなく、説明しましょうか。一見この和歌には係り結びの係助詞もありませんし、らむは終止形と連体形の活用の違いはありませんので終止形のように見えますが、実際は『雲のいづこに』の『いづこ』という語と呼応していて――」


 くるりと黒板の方を向き直して、白墨をかつかつと鳴らす先生。他の奴等はきっと気付かなかっただろう、先生が見ていたもの。別に先生は俺なんか眼中に入れていない訳で、俺の隣の空席をじっと見つめているだけだったのだという事実。

 隣の席は空いたままだ。風邪だかなんだか知らないが、早く学校に出てこい馬鹿野郎、と内心で一人ごちる。

 座席表から顔を上げた先生の明るい笑顔と、俺の隣を見つめたときの寂しげな表情の落差があまりにも激しくて、まさか俺はこいつが休む度にこんな思いをしなければならないのかと考えられると、やはり隣席のライバルに悪態を吐くしかできなかった。




隣の空席





―…―…―
和歌は百人一首より
覚え方を勝手に『夏雲ノイズ』にしてるスキマファンですすみません



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