※愚か者でも構わない続き
※静雄視点
※裏注意










「シズちゃん、お願いがあるんだ」

 何度も、何度も啄むような口付けを繰り返した後、臨也が口を開く。何かを決意した顔だった。

「俺を、抱いてよ」
「……臨也、」

 その言葉に躊躇う俺に、そうじゃないと前に進めないのだと臨也は言う。
 前に、進む。
 それは確かに、俺たちに必要なことだった。

「シズちゃんが躊躇うのもわかるよ……でもさ、」
「臨也」
「俺は、今のままだと嫌なんだよ」


 ――気持ちが悪いままなんだ……あの男のことも、これまでの、ただヤっただけのセックスも、全部、シズちゃんが上書きして、お願いだから。


 臨也の決心は固い。それを臨也の方から切り出させた自分の不甲斐なさと情けなさに歯噛みして、臨也をもう一度抱き締めた。耳元に顔を寄せ、本当にいいのか、と尋ねる。臨也は俺の両の頬に手をあて、こつりと互いの額がくっつく程の距離のまま、真っ直ぐに視線をあわせて。


「……やさしく、してね?」


 ――ああ、コイツは、何度俺の心臓を壊すつもりなんだろう。こんなのが一生続いたなら、俺は弱りに弱って、コイツの横で死んでしまうと……そして、それでも構わないと、そう思った。






* * *







 臨也のシャツのボタンを一つ一つ外し、袖から細い腕を抜く。自分もシャツを脱ごうと手を掛ければ、その手を臨也の腕が阻止する。

「俺にさせて」

 ぷちぷち、と臨也の指が俺のシャツのボタンを外していく。こういうことすら、俺たちはしたことがなかった。恥ずかしい、という気持ちが高まる。どうやらそれは臨也も同じようで、耳が赤くなっている。

「……触っていい、か?」
「ん……いいよ」

 シャツを脱がされたところで声をかけ、臨也の身体をベッドに倒し、恐る恐る胸に手を置く。そういえばコイツ風邪をひいていたんだっけ、と触れた手のひらに伝う熱と、刻まれる鼓動の早さから改めてそのことを実感した。ドクン、と心臓が高鳴る。小さな飾りを親指の腹で緩く押し潰すと、臨也は小さく声を漏らした。

「ふ……、ん、シズちゃん……」
「なんか……、イザヤ、すげえ、ドキドキしてる……」
「う……だって、はずかし、……」

 電気消そうよ、という臨也の言葉をあっさりと拒否し、細い首筋に吸い付いた。白い肌は、軽く吸うだけで簡単に跡を残す。鎖骨、肩口や二の腕、手首、脇腹、胸……いたるところに唇を寄せて、幾つも跡を散らしていくと、恥ずかしい、と臨也がぐずる。顔を真っ赤にさせて、瞳を潤ませて。

「……恥ずかしいのが手前だけだと思ったら大間違いだからな」
「え……」

 臨也の右手を取り、俺の左胸に押し当てる。こちらの意図が伝わったのか、ばか、と小さく呟いて臨也は更に顔を赤らめた。
 ずるりと臨也のズボンを下げ、既に主張し始めているそこに手を伸ばす。軽く上下に擦ればそれだけでとぷりと先走りの液が溢れた。

「ふ……、んぅ、う……っ」
「……いざ、や……」

 一度臨也の自身から手を離し、カチャカチャとベルトを弛め自分のモノを取り出す。人のことなんて言えない、俺だってすでにガチガチになっていた。
 自分と、臨也のとを重ね、ひとまとめにして扱き上げる。どちらのものとも言えない液でぬめり、水音を立てるソレに、俺も臨也も確かに興奮していた。手のひらとは違う熱が先端を擦り、さらに熱が高められる。

「くっ……、うっ……」
「あっ、ぁ、ああっ……、ふぅっ……!」
「……、イザヤ、ぁ」
「んっ……シズちゃ、……んあっ!」

 不意に臨也の手が俺の頭を引き寄せる。髪をぎゅっとつかみ、旋毛のあたりに鼻を寄せ、クン、と鼻を鳴らすその行為に何故だか酷く煽られた。自身が大きく膨らむのがわかる。それでも臨也より先に達することはプライドが許さなくて、急いで臨也のモノに執拗な刺激を与えると思った以上にあっさりと臨也は達した。そしてそのすぐ後に自身も達する。

「……、イザヤ……」
「は、あ……、シズ、ちゃん……」

 はぁはぁ、と荒い息を吐き、俺の頭から指を離す臨也を見て、なんだか納得した。こいつ、人の頭の匂いに欲情してやがったのだ。

 ベッドサイドの小棚からローションを取り出す。これまでに何度も使ってきたそれが、何故か別物のように思えた。ボトルを傾け手のひらにまんべんなく垂らし、ぬるりと濡れた指を後ろの入り口に這わせると、びくり、と臨也の身体が強ばったのがわかった。それに思わず動きを止めれば、やめないで、と小さく、消え入りそうな声で臨也が呟く。

「大丈夫、だから……」
「臨也……」

 前に進めない、と臨也は言った。ならば、俺が躊躇うのは、おかしい。
 出来る限りの、ゆっくりとした指の動きで入り口をなぞる。固く閉ざされたそこは、最初は指の侵入を拒んでいたが、次第に受け入れるようになる。それでもゆっくりと、丹念にそこを広げていった。
 その行為を執拗に続け、ようやく三本目の指が入ったころ、臨也がむずがるような声を出した。
 三本の指が入るようになったとはいえ、きゅうきゅうと締め付けてくるそこには余裕なんてない。

「ふっ……うぅ……シズちゃん、もう、指、いいから……っ」
「でもまだ、」
「いい、って……も、がまんできない……っ!」

 はやくシズちゃんのいれてよ、と、駄々をこねるガキのように目尻に涙を浮かべる臨也に、元々堪え性があるとは言い難い俺が我慢できるはずもなかった。指を引き抜き、再びローションのボトルを手にとる。中身を自身に垂らして、全体をしっかりと濡らした。そして臨也の両膝の裏に手をあて、ぐいと押して腰を浮かせる。入り口に自身をあてがえば、臨也の身体がぶるぶると震えた。

「……、いれるぞ、」
「うん……、ん、んあああっ!」
「っ、……、大丈夫か、」
「ん、うん……大丈夫だからっ、もっと、深く……っ!」

 ぎゅう、と締め付けてくる内壁を押しやり、奥深くまで自身を埋め込むように腰を密着させる。臨也の腕が、俺の首に回った。愛しい、愛しい。こんな感情が自分にあるなんて思ってもみなかった。

「シズちゃん、シズちゃんっ……!」
「……は、っ……イザ、ヤ……っ」
「すき、すき……んんっ、ああっ!」

 繋がった部分が酷く熱い。何度も何度も、今までの空白を埋めるように“すき”と繰り返す臨也の唇を自らのそれでふさいだ。これ以上、コイツにばかり言わせてたまるか。すきなのは、こっちだって負けていられないのだ。







* * *








 枕元の携帯の軽快な着信メロディで目が覚めた。俺のものではないその音は、案の定臨也の携帯から響いている。俺の横ですう、と寝息をたてる臨也の髪を撫でるが、起き出す気配はない。鳴り止まない着信メロディに臨也の携帯を手に取ると、ピザ屋の名前が画面に映し出されていて。何か注文でもしてたのかと思いつつ臨也を起こさないように通話ボタンを押す。

「……もしもし?」
『あら?』
「……?」
『ああ、何とかなったのね』

 電話越しに聞こえてくるこの声は、ああ、昨日会った臨也の助手とやらの声だ。なぜピザ屋の番号からかかってくるのかは不明だが、臨也のことだから気にしたら負けだと思っている。

「あー、えっと、その」
『ああ、何も言わなくて構わないわ、ノロケなんて聞きたくもないし……そう、折原に伝えておいて欲しいことがあるの』
「お、おう……」

 あれ、今さりげなく馬鹿にされなかったか? と認識する暇も与えず、女は喋り続ける。

『どうせ行った所で仕事にならないでしょうから、今日はお休みさせて貰うわ』
「……それを、臨也に言えばいいんだな?」
『ええ。それと、明日から当分休みはないと思いなさいって、そのことも』
「あ、ああ……わかった……そうだ」
『?』

 どちらが雇い主なんだかわからなくなるような女の言葉を頭の中で反芻し、記憶する。隣で眠る臨也は、まだ目を覚まさない。

「……ありがとう、アンタのおかげだ」
『……礼を言われるようなことなんてしてないわよ』
「はは、アンタ、面白いな」
『い、いいから切るわよ。折原によろしく』

 慌てて通話ボタンを押したような空気が電話越しに伝わってきて、思わず笑ってしまった。
 臨也は眠ったまま、規則正しく寝息をたてている。黒髪を一房指で挟み、ぱらりと離した。


 臨也の目が覚めたら、今日は何をしようか。
 その前にまずは、人の良い上司に電話して、今日の仕事を休ませて貰えるように交渉しないといけない。








もう二度と、傷付くことはない








2010.5.3
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静臨/甘裏


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