※その傷口を埋めるように続き
※静雄視点










 しん、と室内が静まり返る。聞こえるのは小さな呼吸の音だけだった。

「……シズちゃん、」

 やっと言葉を口にしたと思えば、臨也は「苦しいって」と文句を言ってきた。確かに力を込めすぎたかもしれない、と思い回した腕の力を弛める。

「……臨也、」
「……なに?」

 手前に言いたかったことがある、と改まり少し体を離して互いに向き合い、顔を見つめる。何を思ったかはわからないが、臨也は俯き躊躇っていた。そしてようやく決心がついたのかじっとこちらを見る。深紅の瞳がしっかりと俺を捉えて離さない。俺はその瞳から目をそらさないように口を開いた。


「もう、この関係を終わりにしよう」
「……シズちゃん、」
「ただ喧嘩して、セックスするだけの関係はもう終わりだ」
「……、そう、だよね」

 俺は、俺たちは間違っていた。それはきっと、この関係が始まったあの時から間違っていたのだ。嘘を吐いたのだと臨也は言った。どうしてそんな嘘を吐いたのか、今ならその理由もわかる。コイツは、臆病なのだ。予防線を幾重にも張り巡らせて、そうまでしてようやく手を出す決心をする。傷付くことが怖いのに、自ら進んで傷付こうとする馬鹿だ。今だって、俺の言葉を自分の中で反芻して勝手に解釈して俯いている。そんな馬鹿を、俺は。

「臨也」
「……」
「すきだ」

 コイツが他の男にその身体を差し出しているのだと、そう聞かされた時に渦巻いた感情は紛れもなく嫉妬だった。あの日、コイツの首筋にキスマークを見つけて、俺は確かに相手に殺意を抱いたのだ。

「うそ、だ」
「嘘じゃねえよ、俺は手前がすきだ。だから、セックスだけの関係を終わらせたい」

 もう、間違えない。そう決めたのだ。
 臨也の身体が小刻みに震える。ぎゅう、と俺のシャツを握り締める手に再び力が込められた。

「……ばかじゃないの?」
「ああ、俺は馬鹿だ。一方的で、単純で、今まで何も気付かなかった大馬鹿者だ」
「っ……ばか、ばかシズ……」
「馬鹿でいい、馬鹿でいいから」


 ――俺と、新しい関係になってほしい。


 臨也がびくりと身体を震わせ、ゆっくりとこちらを見上げた。潤む目元に唇を寄せる。すき、すきだ。この数年間抱いていた、名前を持たない想いがようやく名を得たのだ。

「……ばか、遅いんだよ」
「臨也、」
「こっちはとっくに、シズちゃんのことが」
「……臨也」

 ぐい、と肩口を押し返されて、近付いていた顔が離れた。そして、たっぷりとした間の後にゆっくりと、臨也の口が開く。


「……だいすき、だよ」


 ふにゃり、臨也が笑う。コイツがこんなに情けなく、綺麗に、可愛く笑うなんて、知らなかった。ああ、俺はつくづく馬鹿な男だ。

 始まりのキスを、なんてロマンチストかと普段の俺なら、コイツなら、鼻で笑っているところだ。だけど、そんなことは出来なかった。
 初めて触れた臨也の唇は、柔らかくて、甘くて、愛しかった。







愚か者でも構わない







2010.5.2
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愛され臨也


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