※時系列的には傷付いても笑うだけの愚かさには長けの後
※臨也視点









 ザァザァ、では済まなかった。バケツをひっくり返したような雨が降る。傘なんて持っているはずもなかった。羽織ったコートも最初のうちは水を弾こうと奮闘していたものの、たちまち水分を吸って重くなる。身体が重かった。それは服だけの重さではないことも理解する。重い。潰れてしまいそうだった。

 一日の内にこんなにも酷く抱かれるなんて思いもしなかった。それも自業自得だ。俺は彼に慣れているフリをし続けていたのだから、今更「君しか経験がない」なんて言った所で信じて貰えるはずもなかった。嘘ばかり吐いていると、いざ本当のことを話した時に誰も信用してくれない。とんだ狼少年だ。あの言動からして、俺がシズちゃんの所に行ったのは足りない身体を鎮めるため、とでも思われているんだろう。笑える。馬鹿みたいだ。何を期待してたんだろう、俺は。恋人でもない、ましてや友人ですらない彼に、傷付いたから抱き締めて欲しいなんて、馬鹿だ。

 土砂降りの雨に身体中を叩かれて、酷く痛かった。




* * *



「本当に馬鹿よね」
「うーん、仮にも雇い主に向かってそれっていうのはさぁ、酷くない?」
「ごめんなさいね、本当のことを言っただけだったのだけれど傷付いたのなら謝るわ」
「ぜんぜん謝るつもりないだろ」
「貴方が動けない分、私の仕事が増えているという事実を忘れないでちょうだい」

 俺は結局風邪をひいて寝込んだ。疲れきった身体で、土砂降りの中を帰ったのだ。仕方がないといえば仕方がなかった。熱は当初と比べればだいぶ下がったものの、それでも身体のダルさを伴った発熱に一週間近く悩まされていた。
 何が起きてこんなことになったのか。俺はそれを波江には話さなかった。男にレイプされました、なんて言ったところでこの女は「ああそう」くらいしか反応を寄越さないとわかりきっていたからでもある。

「波江、わかってると思うけどさ、誰か訪ねて来たとしても全部断っといてよ。明日か明後日くらいからちゃんと仕事するから」
「はぁ……いいから寝てなさい」

 額に熱冷ましの冷却シートをぺたりと貼り付けられる。彼女は何だかんだ言って面倒見が良い。勝手に帰ってていいからと告げれば、言われなくともそうするつもりよ、と素っ気なく返される。そんな所も、気に入っている点なのだが。









「イぃーザぁーヤァアアアッッ!!」
「やだなぁシズちゃん、怒らないでよ!」

 シズちゃんが怒っている。いつものことだ。ちょっかいかけて、怒らせて、追い掛けて追い掛けられて。怪我をしたら新羅に治療して貰って、ドタチンにお説教されたりして。いつもと変わらない、そんな俺達の日常。

「手前っ……逃げてんじゃねぇっ!!」
「この状況で逃げない方が馬鹿でしょ」

 俺とシズちゃんの鬼ごっこを、周囲の生徒も先生も見てみぬふりだ。触らぬ神に祟り無し。賢明な判断だろう。シズちゃんが、勢いよく俺に向かって机を投げる。こういうのは動きが直線的だから避けるのは容易い。最小限の動きで早々に机の軌道から外れる。が。

「え……」

 俺の後ろの方で、興味本位で俺達のやり取りを見ていたギャラリー。このまま行けば、そこにシズちゃんが投げた机が突っ込んで行くだろうと直感的に悟った。シズちゃんが衝動的に投げた俺に向ける悪意を、他の、何でもないような一般人にぶつけるなんて。

「っ、うあっ!!」

 気付けば俺は再び机の軌道に戻っていた。ギャラリーを認識してからその行動に出るまで、かけた時間はほぼゼロ。条件反射のようなその行動に、一番驚いたのは他でもない、俺だった。
 机の天板部分が俺の腹部を力強く叩き付け、派手な音を立てて俺は倒れ込んだ。ギャラリーから動揺したようなざわめきが起こる。そりゃあそうだ。ギャラリーだってシズちゃんだって、もちろん俺だって、まさか俺がこんなに簡単にシズちゃんの攻撃をくらうとは思っていなかったのだから。

「っ、おい臨也っ!!」
「あ、は……シズちゃん……」

 シズちゃんが走り寄ってくる。俺は腹部に受けた衝撃のせいで吐きそうだった。自分で投げておいてさぁ、そんな心配そうな顔をするのは卑怯だと思うんだよね、本当。

「手前っ、……、なんで避けないんだよ」
「は、……避けたら避けたで怒るくせに……っ、」

 込み上げる嘔吐感を抑えるのに必死だった。背中とかで受け止めてた方がまだ無難だったかなぁ、なんて思う。

「臨也! 大丈夫?」
「イザヤ、」
「しっかりしろ臨也、立てるか?」
「イザヤ、」

 騒ぎを聞き付けてやってきただろう新羅とドタチンの声が聞こえる。そしてシズちゃんの、俺を呼ぶその声も。
 何故だかわからないけれど安心して、俺は気を失った。











 目を覚ます。学校かと思ったけれどそんなことはなかった。見慣れた自室の天井に、小さく息を吐く。時計を確認したらもう夕方で。物音がしないので、波江はもう帰ったようだった。
 夢を見ていた。そういえばそんなこともあったな、程度の思い出を、そのまま夢で見ていた。あの時は目を覚ましたら保健室で、横には仏頂面したシズちゃんがいて、俺は酷く笑った。新羅には呆れられ、ドタチンには心配された。高校時代は馬鹿みたいに追い掛けて追い掛けられてを繰り返していて……そうだ、あの時はまだ、シズちゃんとそういう関係にはなかった。男とシた経験あるよ、なんて虚勢を張って、彼を誘うことも、まだ。天井を見つめる視界が歪む。知らぬ内に涙が滲んでいた。

 ――仮に俺が彼を誘ったあの日、俺が本当のことを言えていたならば。俺達は何か違った関係でいられたのだろうか。知らない男に強姦された俺を、彼は抱き締めてくれただろうか。

 考えても無駄なことだった。俺はそんな風にしか彼を誘えなかったし、それ以外に彼を誘う方法なんてわからなかった。今さら昔の自分の行動について考えたところで、何が変わるわけでもない。どちらにしても、俺と彼は元々仲良くもなんともない、恋人でもましてや友人ですらない関係なのだから。

 その時、枕元に置いてあった携帯がブブ、と振動する。手にとって見ると、見慣れた番号。本人の名前では登録していないそれを見て、通話ボタンを押した。

「もしもし?」
『あら、起きたのね』
「うん、どうした?」

 電話の向こうで波江が話しかけてくる。そういえば俺はシズちゃんから電話を貰ったことなんてなかったな、とか思う。

『さっきそこを出たばかりなんだけれど、忘れ物をしたから勝手に部屋にあがるわ』
「そんなの電話せずに勝手にすればいいのに」
『私以外を部屋にあげようとしないでしょ。来るときは電話しろっていったのは貴方じゃなかったかしら』
「あーそうだった」

 誰にも会いたくなかった。ここに彼がやってくることはあり得ないと思っていたけれど、もしそんなことがあったら……そう思うだけで辛かった。会いたくない。彼に会って、平静でいられる自信がなかった。

 その時、人が部屋に入る音が玄関口の方から聞こえた。電話の割には早かったなあと思って、でもわざわざ声をかけるまでもないからベッドから身体を出したりはしない。と、コンコンという控えめなノック音。波江の忘れ物はこの部屋にあったのかと思って周囲を見回すけれど、それらしいものは見つからない。不思議に思っていると、がちゃりと部屋の扉が開く。入ってきたのは、波江にしては身体が大きくて、髪の色が眩しくて、服装も、見慣れたバーテン服で。



「……イザヤ、」



 そこには、今一番会いたくないと思っていた彼が、立っていた。






気付かないままではいられずに








2010.3.13
75000hit企画
静臨/来神時代、静雄が臨也を狙って何か投げる→一般人に当たりそうになる→一旦避けた臨也が、結局一般人を庇う


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