※静臨ですが臨也出てきません
※傷付いても笑うだけの愚かさには長けの続き
臨也が池袋に来なくなって、俺の苛々が減ったかと言えばむしろその逆で、俺は常に訳のわからない苛々を抱えたままだった。アイツがここに来ない間、きっとまた他の男としているんだろう。クソ、苛々が治まらない。
「静雄、次行くぞ」
「……ウス」
トムさんと取立ての最中でも、俺はアイツのことを考えてしまうようになっていた。この俺が、わざわざアイツのことを考えているだなんて。……あの日、部屋を出る前に見せた虚ろな笑みが、未だに網膜に焼き付いて離れない。なんで笑ったんだ。やっぱり俺はアイツにとってはただたくさんいる体だけの関係の男の内の一人なのか……クソ、苛つく。
「おい静雄、大丈夫か?」
「え……、あ、はい」
大丈夫ッス、と俺は心配そうに俺の方を覗き込むトムさんに頭を下る。取立て先のアパートの前まで来ていた。リストを見て確認しながら階段を上る。
「人の性癖にとやかく言うつもりはないけどよ、こうも強姦モノばかりだとなぁ」
それは今から取立てに行く男の未返却ビデオのリストだった。うへぇ、と嫌そうな顔をするトムさんに同意する。扉をノック(という程優しくはなかったが)して待つこと数秒間、部屋の主が顔を出す。
「これ、アンタで間違いないよな」
取立ては基本的にトムさんがして、俺は後ろで待機だ。玄関からリビングまでの距離が短いため、部屋の様子が見える。思ったより、というか異常な程に片付いていて、それと同じくらい異常に見えるのは……壁に所狭しと貼られた写真、だった。
「もうちょっと待ってくださいよォ」
「あのなぁ……」
「オイ」
トムさんと男の会話を遮る。俺は、確かめなければいけなかった。ここからは写真の内容をはっきりとは確認出来ないが、あれは。
「あの写真は、なんだ」
「え、?」
「壁に貼ってあるあれだよ」
「あ、ああ!」
男は何を勘違いしたのか、一気に顔色を明るくさせる。部屋の奥に一度入ると、何枚か写真を手に戻ってきた。
「お兄さんもそういう趣味? じゃあさ、これあげるから延滞料の分チャラにしてくれよ!」
「……っ!」
男が提示してきたのは、相手が女だったり男だったり最中だったり事後だったりと種類は様々だったが……所謂ハメ撮り写真と言われる類いの物だった。しかも、明らかに同意の物とは思えない。そういえばこの男の借りているビデオは強姦モノばかりだった。嫌悪感を露にして写真を突き返そうとする。が、俺はその手を止めざるを得なかった。
「どうしたのお兄さん……ああ、その写真が気に入ったの?」
それね、最近のヤツでね、男の割にはかなり良かったよ! 最初は余裕ぶってんのか笑ってたんだけどさ、次第に泣いて嫌だ嫌だって抵抗するのを無理矢理犯す快感ったら! 薬とか紐とか準備するのが大変だったけど、今までヤってきた中では男女含めても五本の指には入るね確実に!
男が何か言っている、というのには気付いていた。内容も、一応聞いていた。だが、思考が追い付かない。写真の中で、犯されていたり、ぐったりとして気を失っていたりする、その男は。
「ねぇお兄さん、気に入ったんならその写真あげるから――」
「ぁ?」
「……え、?」
扉がひしゃげる。男が、信じられないという風にこちらを見た。簡単に外れたそれを置いて、土足のまま部屋に足を踏み入れる。男の怯えた声。片手で男の胸ぐらを掴み、投げた。綺麗に整頓された部屋は、男が棚にぶつかることで乱雑なものに変化する。男を見る。ああ、この腕が、舌が、体が、アイツに触れたのか。写真の日付は、アイツが俺の部屋に来た、まさにその日で。
――泣いて嫌だ嫌だって抵抗するのを無理矢理犯す快感ったら!
泣いて、嫌がる、? そういえばあの日アイツは、臨也は、嫌だ、止めろと否定ばかり口にしてはいなかったか? サァ、と血の気が退くのを感じる。目の前に転がる血だらけの男はもうどうでもよかった。まさか、そんな。
「トムさん、すんません」
「あ、ああ、静雄、」
「俺、早退します」
なんとかそれだけ口にして、俺は走った。男に慣れてると言ったアイツ、高校時代にいきなり俺を誘ってきたアイツ、そしてついこの間、嫌だと泣くアイツを無理矢理に犯した俺。なぜあの日アイツは俺の部屋に来たのか。「会いたくなったの」確かにアイツはそう言わなかったか。ならば、クソ、なんてこった。嘘だろ、おい。
笑う臨也の、あの傷付いた表情が網膜に焼き付いて離れなくて、俺は自分を殴りたいと心から思った。
気付けば……俺は臨也のマンションまで来ていた。
傷付けて、ようやく
気付くだけの
2010.3.2