※テクニシャン×装いビッチ
※裏注意








 いつだって、余裕なんかない。



 ちゅ、ぐちゅ、と濡れた音が煩くて耳を塞ぎたかったのに、両手を一纏めにして縛られていてはそれもかなわない。新宿の、自宅兼事務所であるその部屋の中央、普段はパソコンや書類が雑多に置いてあるデスクの上に座らされて、ふざけるなといったところだ。
 そんな状況で視線を下にずらせば、傷んだ金髪が俺の股の間に踞っているのが見える。くちゅ、ぢゅ、とわざとらしく水音をたてながら自身を吸われて、舐められて、その度に投げ出した足がびくりとつりそうになる。

「……もっと声出しやがれ」
「ッ……、や、だ……」
「拒否権があると思ってんのかよ手前は」
「……っ! ぅあ、やっ……!」

 否定をしようとすればぐっと自身を強く握り込まれて、声を堪えるのも難しい。そんな状況も、追い込まれている自分にも苛々した。
 いつも、こんな感じだ。この男の攻めに翻弄されて、いいように扱われて。
 女相手なら、俺だって多少の経験はある。どういうものかと興味を持って、誘われるがままにその行為に至った。まあ感想はと言えば「そんなものか」。別段変わった感想でもなく、馬鹿みたいに喘ぎ甘ったるい息を吐く女に、人間は浅ましくも面白い、そう感じたのを覚えている。それ以上の興味も持たなかったし、特に性欲というものを感じていなかったということもあって、俺はそういった行為から遠ざかっていった。だから、勿論のことだがこんな風に男を相手にして、組み敷かれるなんて経験は、なかった。

「おい、まさかこれくらいでヘバってんじゃねぇよなぁ? いざやくん、よぉ……!」
「あ、たりまえ、じゃん……っ」

 整わない呼吸を落ち着かせようとしていると、安っぽい言葉で挑発してくる。挑発だって、わかっているのだ。この男の経験の有無や、その如何程なんて俺は知らないけれど、俺はその安っぽい挑発に乗らなくてはいけない。これは、意地だ。
 初めてこの男と体を繋げた時、俺はこういった経験に長けていると嘘を吐いた。いや、女性経験はあったから、あながち間違いではないのだが。で、相手は童貞だと甘く見ていた。しかし蓋を開けてみれば相手はそういった行為に慣れていて、俺はたいへん痛い目を見た。今思い返してみても屈辱だ。
「考えごととは随分余裕だなぁ?」
「は、……っ、んんっ!」
「流石は臨也くんだなぁ……こんな時でも余裕かよ」

 そしてこの男はたいへん意地が悪い。俺が少しでも別のことに気をやっているとそれを目敏く察知して、こうして指摘してくる。しかも、挑発の言葉を交えて。
 初めて、の時。俺は確かに慣れている、と嘘を吐いた。そしてこの男は、その言葉を今でも自分の都合の良いように利用する。

「余裕綽々な臨也くんならよぉ、俺を早くソノ気にさせることくらい簡単だよなぁ?」
「、……、どういう、」
「俺の前で、一人でシてみろよ」
「……っ!?」

 しゅるり、その言葉と共に両腕を拘束する紐が解かれる。シズちゃんは俺をデスクに座らせたまま、自分は俺の椅子に座り込んでしまった。
 ふざけるな、と思いきり睨み付けながら絞り出すように言葉を吐くが、こういうのに慣れてるって言ったのは手前だろうが、と意地悪く返される。そんなふうに言われたら、従うしか、ない。

 そろり、と解放された右手をすっかり起ち上がった自身に伸ばす。膝頭を擦り合わせて、少しでも相手に見えないようにするのだが、見えるようにやれよ、と冷たく言われてゆっくりと足を開く。
 なんでこんな奴の言うことを聞かなくてはいけないんだとも思うけれど、実は慣れてなんかいません、と認めることの方が嫌だった。

「ほら、前だけじゃなくてちゃんと後ろも弄れよ」
「は、……、くそ……、っ……!」

 先走りで濡れた指を、恐る恐る後ろに這わせる。恥ずかしくて目を瞑りたいのに、こっち見ろよ、とニヤニヤしながら言われてはそれも許されない。
 自分の指で、ゆっくりと中を広げていく。本当にただ広げるだけの動きで、違和感しかなかった。なるべく声を出さないように、自慰行為というよりただの機械的な動きを繰り返していると、シズちゃんが椅子から立った。

「……、は、……なに……?」
「いやぁ、上手くいってねぇみたいだからよ」

 俺が手伝ってやろうか、と。悪魔の囁きが聞こえた。

 シズちゃんの手が俺の手に伸びる。そのまま手の甲の上から大きな手のひらを重ねられて、中に入れた指にシズちゃんの固い指が添えられた。中を広げるだけの動きが一変する。

「ひ、っ……あ、ああ、ああ゛あっ……!!!?」
「ほら、ここが手前のイイ所だ」
「や、だ、やだっ……! そこ、ひっ……、あ、無理っ……!!」
「無理じゃねぇだろ?」

 指を動かしたくないのにがっしりと掴まれて、ピンポイントに感じる所だけを容赦なく刺激されて、我慢ができない。頭がカッと燃える、真っ白に、なる。

「ほら、両方の手で弄ってみろよ」
「ひ、っ……ぃ、あっ……あ、あっ、あっああっ!」
「あー上手い上手い、流石は淫乱臨也くん」
「は、っ……、あたり、ま、え……っや、あああっ……!?」



 ああもう、こんなプライドなんて捨てられたら楽なのに。
 この男には、バレているんじゃないか、って。そう思うこともある。でも、もう引っ込みがつかなくなっているのだ。今更取り返せない。だから、余裕なんてないのに、余裕がある振りをする。

「手前、自分で弄って自分だけ気持ち良くなってんじゃねぇよ」
「あ、……、は……そんなに言うなら、シズ、ちゃんが、頑張ればいいじゃん……んんっ!!」
「相変わらず口は達者だなぁ、臨也くんよぉ……いいぜ、その言葉、後悔すんなよ」

 口角をつり上げるシズちゃんのその凶悪な表情に身震いする。それでも、余裕を見せる。そうじゃないと、俺はこの男に負けてしまう。負けたく、ない。

「シズ、ちゃん」
「なんだ」
「……、愛して、あげようか」
「……あ、?」
「君を……、んっ……愛してあげるよ……!」

 俺の言葉に、シズちゃんは目を見開いてこちらを見た。この言葉だけが、唯一、この男を揺るがすことができる。だから、これは俺の切り札だ。

「手前……っ」
「愛され、慣れてないシズちゃんに、……俺が、愛を教えて、あげる」




 俺の精一杯の虚勢に、この男は気付いているだろうか?
 馬鹿みたいなプライドに振り回される滑稽な様を、笑っているのだろうか。
 それでも。


「……愛してあげるよ」


 戯言のような切り札と共に、呆けた男の唇に噛みつく。それが、俺の、唯一の、反撃。






さぁ、君を愛そうか





2010.6.3
企画「アンバランスラヴァーズ!!」提出作品


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