『俺の誕生日の時は覚えてろよ……!』

 そう臨也に言われてから三ヶ月と何日か。単刀直入に言ってしまえばあと10分ほどすれば5月4日で、つまり臨也の誕生日だ。とりあえず前準備としてあいつの秘書とやらに話を通し、複数あるというあいつの携帯電話の電源は予め切っておいた。もちろん当日の彼女には来ないように話をつけてある。ついでにあいつの妹達にも、幽と今度食事に行こうかと餌をぶらさげておいた。将を射んとすればなんとやら、だ(これもいつだったかの臨也の言葉を借りただけだが)。

 オートロックの高層マンションの、既に慣れ親しんでしまったあいつの部屋まで到着する。ピンポンを押すより早く、中から臨也が顔を出した。

「……なに」
「日付変わったな。ハッピーバースデー、臨也くん」
「……あ、」

 どうやらこの男は、自分の誕生日を忘れてしまっていたらしかった。人の誕生日は毎年律儀に覚えていやがったくせに(そして毎年のように人の携帯を破壊するよう仕向けていたくせに)、自分のことになるとこれだ。

「え、なに……シズちゃん、覚えてたの?」
「覚えてろって言ったのは手前だろうが」
「いひゃ、いひゃい……!」

 ふに、と柔らかな頬の肉を軽くつまむと、臨也が痛がる。かなり手加減したつもりだったが、ちょっとした怒りが滲み出てしまったらしい。いけないいけない。

「という訳で、だ、臨也」
「……なに」
「今日一日、手前の言うことなんでも聞いてやるよ」

 寛大な心で手前を迎え入れてやろう、と腰に手を当ててそう言えば、臨也は少し考えた後に小首を傾げて、

「……じゃあ、死んで?」
「なんで疑問形なんだよふざけんなそんなの却下に決まってんだろ」
「いひゃい、ひうひゃん……!」

 あまりに可愛らしい仕草にも関わらず、辛辣なことを口にする臨也の頬を再びつまむと、今度こそ臨也は涙目で訴えかけてきた。いかん、落ち着け俺。

「死ぬのはなしだ。それ以外で」
「……えっと、じゃあ、とりあえず」

 部屋に入ってくれる? と臨也が溜め息を吐く。言われてみれば確かに、いくら防音がしっかりしてるとはいえ流石に玄関先ですることではなかった。





「じゃあ、俺がして欲しいだろうなって思うことをしてよ」
「あ?」
「俺がああしてこうしてって言うんじゃつまらないでしょ。だから、俺が望んでることをシズちゃんが考えて、自分で行動して」

 やっと調子を取り戻したのか臨也はそう言って笑うと、革張りのソファに腰かけた。また面倒臭そうなことを要求しやがって。とりあえず臨也の細い身体をひょいと担ぎ上げる。と、当然の如く暴れ出した。

「な、なにしてんのシズちゃんっ!!!」
「なにって、決まってんだろ? だいたいあんな言い方されたらよぉ、そういうことされたいって言われてるとしか思えねえよ」
「っ、ばか、じゃないの……っ!」
「まあでも、あながち間違っちゃいねぇだろ?」

 細い腰をするりと撫で上げれば、ビクっと身体が反応するその素直さに口元を緩ませ、慣れきった臨也の寝室の扉を開く。大人二人が横になっても余裕のあるベッドに臨也の身体をおろしてやると、すっかり諦めたらしく、好きにしろよと言いたげに唇を尖らせていた。その様がもう可愛いと思えてしまうくらいには俺は臨也に毒されていて、その薄い唇に吸い付く。ぺろりと歯肉を舌で舐めると、臨也の喉の奥からんんっとそそる声が上がった。くちゅり、と唾液が卑猥な音をたて、まるで口でセックスしてるんじゃないかと思うくらいに激しく貪った。唇を離す頃にはすっかり臨也の息も上がっていて、脱力している。

「臨也くんは、もっともっとキスして欲しいんだろ?」
「……、ばかシズ……、」

 いくら興奮しているからといって、俺が、臨也が小さな声で「正解」と呟くのを聞き漏らしたりなどするはずがなかった。








「ばか、なんでだよ、ばか」
「あーあー、悪かった」
「こんなんじゃ今日はもう外、出歩けないじゃん」
「だから悪かったって」
「反省してないでしょ!」

 膨れっ面の臨也は、既に毛布にくるまってしまっている。こちらとしてはもう少し臨也の全身を見ていたかったのだけれど、こればかりはまあ仕方がない。

「まださっきのは継続中なんだろ……」
「あ?」
「俺の望むことをしてくれるってやつ」
「ああ、それな、今日一日は継続してやるよ」

 力なく睨み付ける臨也の視線に、自然と口元が緩む。くそ、何なんだよこの生き物。可愛すぎるだろ。ついついにやけてしまいそうになるのを必死に堪えながら、臨也の顔を覗き込む。

「じゃあ、俺が今望んでること、あててみてよ」
「あー?」

 顔をそんなに真っ赤にさせて、俺が何も気付かないとでも思ってるんだろうか、この男は。本当に、自分のことになるとこれだから。こいつが望んでることなんてお見通しだ。だってそれは、俺の望みでもある。




 ああそういえば、プレゼントの指輪は脱ぎ捨てたズボンのポケットに入ったままだ、なんて、手際の悪い自分に、少しばかり溜め息を。






2011.5.4


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