※静雄←臨也
※キスだけの関係
※臨也が若干ビッチ







 シズちゃんの唇は他の人より冷たいね。

 折原臨也はそう小さく呟いた。ゆっくりとした口付けの後のその言葉に、相手の男は何も答えない。

 手が冷たい人って心が温かいってよく言うじゃない。あれほど信憑性の低いものもあんまりないと思うんだけどさあ、じゃあ唇が冷たい人ってどんな心の持ち主だろうね。

 ざあざあと春先にしては冷たい雨が折原臨也の体を撃つ。黒いコートは雨粒を吸い込み、じっとりと濡れて重くなっていた。
 男は、この人気のない路地裏で一方的に口付けを求めてきた折原臨也に対して何と声をかければよいものか、と考えていた。自分の体が濡れるのも気にせず、再び折原臨也の体を引き寄せる。

 ねぇ、シズちゃんの唇はどうして冷たいのかな。

 折原臨也は微笑を絶やさない。一方で強く、また一方では儚いその笑みに、男は底知れぬ“何か”を感じていた。

 目は二つある。耳も、鼻の穴も、手も二つずつだ。でもさあ、口は一つしかないよね、心と同じで。ね、心と繋がるモノとしては手よりも口の方が相応しいと思わない?

 男は折原臨也の言葉などほとんど聞いていなかった。ぐっしょりと頭から濡れ、ふふと薄く笑う折原臨也は酷く痛々しい。

 口は想いを綴る器官の一つだ。それが冷たいって、どういう意味なんだろう。この口は嘘も吐くし綺麗事だって言える。愛を囁くことも出来れば他人を罵ることだって可能だ。ならば、そこが冷たいってどういう了見なんだろうね。愛も、何もかも、冷めきってしまっているんだろうか。それとも、

 そこまで口にした折原臨也を、男は強く抱き締める。ぎゅう、と回した腕に込める力を強めると、苦しいって、と折原臨也は笑った。

 ね、冷たい。

 そう口にする折原臨也こそ、雨で濡れたせいもあるのか酷く冷たかった。その体が小刻みに震えていることにも、男は気付いていた。
 素直に、口にすればいいのだ。そうすればこうして震えることもないのに、折原臨也は何も言わない。それが折原臨也という男の性格なのだとわかっていても、どうしようもなかった。昔からそうなのだ。高校で知り合ってから、今までずっと。
 ――全身で、愛が欲しいのだと訴えているのに、それに気付いているのはごく僅かな者だけ――いや、むしろ自分一人だけかもしれない。

 今度は、男の方から折原臨也に口付ける。舌を絡ませることのない、ただ触れるだけのそれに、折原臨也は少しくすぐったそうにしていた。

「ねぇ、」

 雨足が少し強まる。折原臨也は、男の方を見ない。

「どうしてシズちゃんの唇は冷たいのかな」

 折原臨也の頬が濡れている。雨のせいだ、と折原臨也は言い、男はそれ以上言及しなかった。問いただしたところで、折原臨也が本当のことを言う筈がないことを男は知っている。



「ね、どうして」
「さぁ、な」



 ――俺は、静雄じゃないからわからない。



 そう男が口にすると、「ドタチンの唇も、少し冷たい」と折原臨也は呟いた。








おまえの唇はいくぶん冷たいね





2010.4.19
企画「レイニーデイズ」提出作品


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