ブーゲンビリアの花が咲いた給水塔の上で。





 ゆらゆら、ゆれる。水面に映る光が眩しくて、思わず視線を逸らせた。真っ直ぐに見ていられなかったのだ。
 一歩、また一歩と足を踏み出す度にふわふわと、あるいはさくさくと地面が鳴る。まるで感覚が狂っている。浮遊しているような、地面に貼り付いているような。きらきらと朝露に濡れて光るブーゲンビリア。その花が咲き誇る給水塔の上に、その少年は立っている。

「やあシズちゃん、こんばんは」
「こんばんはって、手前、今何時だよ」
「夢の中に時間とか関係ある?」

 ふふ、と楽しそうに笑う少年は、どこか得体が知れない。少し冷えた風が、咲き誇るブーゲンビリアを揺らしている。





 俺がこうして夢の中でこいつと出会ってから、どれくらい経つだろう。どの時間帯でも、夢の中にこいつは現れた。いつだって変わらず夢の中の風景はきらきらと輝いていて、太陽と星と月が同じ空でそれぞれ光っているようなあべこべな世界だ。少年・臨也は、本人曰く夢魔と呼ばれる存在らしい。どうせ嘘だとは思うが。こんな少年が夢魔だなんて、あるわけがないと鼻で笑えば、臨也は不機嫌そうに唇を尖らせる。

「だってここは俺のテリトリーだよ。この世界では、俺に出来ないことなんて何もない。君みたいに迷い込んでくる人間にこうして声をかけるのが俺みたいな夢魔の役目さ」
「はいはいわかったわかった」
「……信じてないでしょ」

 膨れっ面の臨也がパチンと指を鳴らすと、その瞬間にブーゲンビリアが鮮明な青にその色を変えた。俺はなんだってできるんだよ。不気味すぎるほどに青い花を手折り、臨也はそれを俺の頭につけた。目が醒めたときにはもちろん、頭に花なんてついていなかったけれど。





 そんなふうに、最近は夢の中では臨也とばかり会っていることに気付いた。なんであんな面倒臭そうな、頭のイカれたようなやつに毎度毎度会わねばならないのか。舌打ちをしてみても、溜め息を吐いてみても、どの時間帯にだって臨也は、あのブーゲンビリアの花が咲く給水塔の上に立っている。まさかあいつ暇人か、と夢の世界の住人に再び舌打ちした。ああもう、本当に面倒な話だ。
 俺はこれまでに、色んな夢を見てきた。夢は深層心理の表れだとか、記憶の整理だとか、様々なことが言われているが、臨也が見せるあの夢のように美しい世界を、今までに見たことがない。だからこそ、臨也本人は少しばかり気にくわないが、あの夢を見ることそのものは嫌いじゃなかった。

 案外その、臨也くんのこと、好きなんじゃないの。

 そう笑ったのは、友人の新羅だ。臨也の夢を見るようになってから他の夢を見なくなったと相談した時のことだ。それかまぁ、その臨也くんとやらが君のことを気に入ってるのかもしれないけれど。

「古典的な考え方ではほら、夢に出てくるっていうのは相手が自分のことを強く想ってる証拠だし」

 まぁ彼にとっては君の方が自分の夢に現れてる侵入者なんだけれどね、とクスクスと笑う友人をじとりと睨みつける。案外君たち、相思相愛なのかもよ。うるせぇ、そんなんじゃねえよ。あはは、そうかな?

「それにほら、言うだろう?」
「あ?」




 ――ブーゲンビリアの花言葉は……。




 じゃあまた今度でいいからさ、僕にもその、臨也くんに会わせてよ、ちょっと興味あるからさ。
 面倒臭そうな要求をして、新羅は手を振った。立ち去る新羅にこちらからも手を振り、見送る。




 ――ブーゲンビリアの花言葉は、「あなたしか見えない」って。

 新羅のその言葉が、何度も何度も、頭の中で巡っていた。




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