※静臨










 春のにおい。
 新しく仕立てた春物のコートを羽織って、浮き足立ちながら家を出る。今日は良い天気だ。つい先月にも雪が降っただなんて、この国の気候に少しばかりの不安を抱きつつも、この暖かな陽気の中ではその思考も簡単に溶けていってしまうようだった。
 春のにおいは、どこかしらあたたかい。大の男が、とは思うけれど足取りが軽くなるのを止める術はなかった。軽快なステップ。人通りの少ない桜並木道を通り抜ける。半分ほど葉桜になってしまったそれは、しかし未だに柔らかに春を彩る。春を彩るのは桜だけではない。道端に咲く小さな草花にだって、やけに感心してみたりして、どうやらいつもの自分じゃないみたいだった。ただ、春なだけなのに。それなのにこんなにも浮き足だってしまうなんて、俺はすっかり感化されてしまっているらしい。誰に? そんなの、決まってる。
 あんなでかい図体してるくせに、可愛いものとか大好きなんだもん、シズちゃんったら。一緒に散歩してても、直ぐに立ち止まっては花屋とかペットショップとかケーキ屋さんとか見てたりするし。高校時代だって、テストは毎回赤点補習組だったくせに、花の名前だとか鳥の種類とかに詳しいのだ。
 と、そこまで考えて軽く舌打ちをする。こうして春を身体中に感じるだけで、アイツのこと思い出してしまうとは、いつから俺はこんなに甘い人間になっちゃったんだろうね。

 シズちゃんのおんぼろアパートまで、あともう少し。走っていったら、お腹が空いてしまうだろうか。そう言えばお昼の時間帯なんてとっくに過ぎている。まだ何も食べていない。もうシズちゃんはお昼食べたかな。俺はファーストフードはあまり好まないけれど、たまには宅配ピザなんかを食べてもいいかなって気分になる。

 シズちゃんの家についたら。
 そのまま転がって、犬みたいにじゃれついてやろうか。
 夕方になったら早めにお風呂に入って、ごはん食べて、何でもないようなバラエティ番組とか、再放送のドラマでも見たりして。その後は、少し早いかもしれないけど、もう眠っても、いいかなぁ。
 そう言えば、今日は何日だっけ。あいつの名前にぴったりの語呂の良い日だった気がする。たまには、シズちゃんなんてふざけたあだ名じゃなくて、ちゃんと呼んでみようかな。




 ああ、すっかり春だ。頭の中も春だ。とろとろに溶けて、もう手遅れかもしれない。俺はどうやら、シズちゃんのことを考えすぎて、バカになってしまったようだった。シズちゃんのせいだ。ばーか。だいすき。

 息を大きく吸い込み、足取りが軽く、少しずつ速くなっていく。



 君の笑顔に会いに行くまで、あと少し。




君の家に着くまでずっと走ってゆく






2011.4.20
♪君の.家に着くま.でずっと.走っ.てゆく/GAR.NET C.ROW


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