※静臨
うつくしいせかい設定
※カフェ店員静雄×歌手臨也







 昼下がりには、温かい紅茶、そしてジャムたっぷりのスコーンを。

 最近のお気に入りはこれだ。昼食の時間帯を外した午後2時過ぎ。客の足が少なくなった頃のその店の扉を開ければ、金髪の青年がこちらに気付き、微笑む。カウンターの隅っこ、お決まりとなったその席に腰をかければ、ひどく整った顔の黒髪の青年が声をかける。

「いらっしゃいませ」
「いつものお願いね」
「ジャムは何にしますか? ちょうどマーマレードの、作ったばかりなんですけど」
「じゃあそれをお願いしようかな」

 そうして奥の厨房に姿を消す青年の背中を見つめながら頬杖をつく。この店のケーキ等は彼、平和島幽くんの手作りだ。

「紅茶はストレートで良かったんだよな?」
「うん、ありがとシズちゃん」

 店員の名をあだ名で呼び、タメ口で会話する程度には、俺はこの喫茶店に通いつめている。落ち着いた雰囲気の店内は、とても居心地が良かった。

「なんか、この店にくると曲作りたくなるんだよねぇ」
「……まじか」
「まじまじ」

 なんかインスピレーションが湧くっていうのかなぁ、とバックミュージックに耳を傾けながら考える。耳に入り込むその曲は、俺の曲ばかりだ。ジャズアレンジやピアノソロ、オルゴールバージョンなど様々で、よくぞここまで集めきったなと言うしかない。曰く、「自分の店だし好きなものだけで作りたかった」のだそうだ。そんな店内は至るところに植物の鉢植えが置いてある。店の入口も色とりどりの花でいっぱいに飾られていた。むしろ花屋さんでも始めたら? と笑えばそれもいいかもな、なんて笑われて。俺は、こんななんでもないような会話が楽しくて仕方がなかった。

「お待たせしました」

 幽くんの声に視線を上げる。ふんわりと漂うアールグレイの薫りと、焼きたてのスコーン。オレンジが鮮やかなマーマレードがたっぷりと入った小さな壷がまた可愛らしいデザインで、一々この店のセンスが好みだと感じる。

「マーマレードって、あの苦味が好きなんだよねぇ」
「そうか……」
「……兄貴は甘いのの方が好きだから、マーマレードはほとんど食べないんですよ」
「ちょっ、幽っ」
「へぇ、そうなの?」

 温められたカップに紅茶を注ぐ幽くんは緩く微笑んでいる。見ればシズちゃんは、恥ずかしいのか頬が少しばかり赤らんでいた。兄弟のやり取りが可愛くて、ついクスクスと笑ってしまう。
 スコーンにたっぷりとマーマレードジャムを塗り付けて、口に運ぶ。柑橘類の爽やかな香りが口腔に拡がるようだ。

「このジャムも手作りだったっけ? 苦味もちょうどいいし、凄く美味しいね」
「ありがとうございます」
「幽が作るのは絶品だからな」

 シズちゃんは兄バカだなぁと笑い飛ばしてやろうかとも思ったが、事実幽くんのお菓子は大変美味しいのでそれはやめておくことにした。
 シズちゃんと喋って、幽くんの紅茶とお菓子を食べて、穏やかな昼下がり。既に日常の一つとなったこの光景が、楽しくてたまらないのだ、俺は。

「臨也、」
「ん、?」

 と、ふっと口元に触れる指。
 ついてた、と口元をくすぐってきたシズちゃんの指先には、スコーンの欠片がついている。そして、それをシズちゃんは、。

「うー……やっぱマーマレードジャムは苦味がなぁ……」
「っ、シズちゃ、」
「あっ、悪い、勝手に……!!」

 あろうことか、この金髪店員は、人の口元についていた食べかすを勝手に食べてしまったのだ。何が起きたのか理解すると同時に、顔が、頬が熱くなる。何を意識してるんだ俺は。あんなの、気にするようなことじゃないじゃないか。

「……、これ、代金だから」
「えっ、あ、臨也っ」
「お釣りはいらないから……用事思い出しちゃったから、ごめん、帰るよ」

 テーブルに代金として一万円札を置くと、荷物を持って店を出る。シズちゃんが酷く焦っている様子が視界の端に映ったが、気にしてもいられない。なんだこれ、なにこれ、俺は何をこんなに意識しちゃってるんだろう。




 口の中に残るマーマレードは、苦味なんて全く残っていなくて、ひどく甘い。



マーマレードの反逆




2011.4.24


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