※帝臨




「もし俺が人形だったら、どうする?」


 臨也が箸休めにそう問いかけたのは単なる気紛れ、に見せかけた内情の吐露だった。帝人は知っているのか知らないのか、解っていて知らない振りをしているのか、ちらりと臨也に視線を送ったきりもくもくと白米を咀嚼している。手癖悪く醤油の瓶を矯めつ眇めつしながら(そろそろ注ぎ足し時だ)、臨也は重ねて訊ねた。

「この躯がぜんぶ機械で出来ているとしたら?」

 たいして意味のある質問ではない。けれどその答えが己にどう影響するか、臨也にはわからない。臨也は欲求不満で退屈で、形のない感傷に囚われているのだった。けして触れてこようとしない帝人。こうしてたまにふらりと訪ねてきては寝食をともにし、或いは臨也が出かけついでに帝人の家に足を運ぶことはあれど、それ以上もそれ以下もない。帝人は常に一歩引いている。当事者でありながら観測者でありたがる。非日常を人為的に作為的に歓迎し、しかし自分はあくまで影でありたい臨也とは違う。それ故帝人にとっては、自分もまた街を構成するうちの単なる一つの要素にすぎないのだろうと臨也は思う。その均衡をつつき、水面が張力を失うように、溢れさせてみたいだけなのだ。

 人形なら。人形だったとしても帝人はさして臨也を特別には扱わない、だろう。人形という前提を以て自発的に歩いたり喋ったりすることが可能なら話は別だが。非日常としての臨也にしか、帝人は興味がないのだろうと、臨也は黒く濁った醤油を光に曝しながら考える。

 人工的な心は、なにを感じるのか。臨也は特に興味を持たない。定則に従う機械より、千変万化する人間のほうが余程面白いからだ。しかし機械ならば、退屈など感じないのではないか。この、妙に心臓に巻き付くような違和感を感じることがないのなら、機械というのは無能で、かつ便利な存在だ。と、臨也は戯れに適当なことを考えているだけだ。


「おかしなこと考えてないで、冷めないうちに食べて下さいよ」


 せっかく作ったんですから、とおかずを目の前まで持ってこられ、臨也はぱちぱちと瞬きする。唇に押しつけられてようやく、口を開けて箸を迎え入れた。帝人は眉を顰めた胡乱げな表情で手をおろした。臨也が不満そうにしているのが伝わったのか、帝人は深く息をついて、ごく当たり前の世間話をするように応えた。



「もし貴方が人形だったなら、歩み寄ることもなかったでしょう」



 やはりか、と笑おうとした臨也を面倒そうなかおで見つめたまま、しかし帝人ははっきりと言い切った。


「けど、僕はいまのあなたが好きなんです」


 目の前に存在している、呼吸している、人間の臨也さんが、僕のただ一人の。




 そこまで言うと帝人は、頬を赤らめ箸をくわえたまま硬直している臨也にため息をつき、



「今日のおかずは自信作なんですけど…」
 人形じゃないから味もわかるでしょう?と愉しげに、眉を下げて笑った。






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