そろそろ引っ越ししようかな。
 そう静雄が呟いたのは、出来立てのフレンチトーストを臨也がテーブルに運んだ時だった。臨也が静雄のアパートに泊まった翌日にこうして朝食を作るのは当たり前のようになっていた。既に冷蔵庫の中身は把握しきっているような間柄である。

「へぇ、引っ越し」
「ああ……なんか良い物件とかねぇの」

 静雄の前にコーヒー牛乳を、自分の前に紅茶を置いた臨也は、ぶすりと唇を尖らせた。
 俺のこと、不動産屋か何かと勘違いしてない? いいじゃねぇか、とりあえず早く飯食って出掛けるぞ。は、何処に。引越し準備、新しい家具とか見るから付き合え。
 もぐもぐとフレンチトーストを咀嚼しながら、静雄は事も無げに言う。まったく、身勝手野郎め。小さく心中で毒づいて、臨也は温い紅茶を飲み干した。




 そうして静雄は、面倒がる臨也を半ば引きずるようにしてホームセンターにやってきた。

「なぁ、カーテンってどんなのが良いと思う」
「別に今使ってるので良いじゃん、カーテンなんて」

 先ほどから、これだ。カーテンに始まったことではない。ソファも、カーペットも。一々臨也に意見を求めてくるのだ。引っ越しをするだけならば、わざわざベッドを新調しなくてもいいじゃないか。それが、冷蔵庫や洗濯機、テーブルにベッドまで。

「ねぇ、なんなの?」
「は?」
「さっきからさ、なんでシズちゃんの家具を俺が選ばなきゃなんないのさ」

 苛立たしげに臨也が静雄の手を振り払う。せっかくの休日だというのに興味のない家具選びに付き合わされて、臨也は苛立っていた。が、静雄はそんな臨也にぽかんと口を開けている。その様子が、さらに臨也を苛立たせた。

「自分のことくらい自分でやればいいじゃん! なんでわざわざ俺に聞くわけ!?」
「え、だってよぉ」

 舌打ちして、苛々を隠そうともしない臨也に、静雄は不思議そうに口を開く。

「一緒に使うんだから手前の意見を聞くのは当たり前じゃねぇか」
「……は、?」

 ぽかん、と口を開けるのは、今度は臨也の番だった。

「今住んでるところじゃ、二人で暮らすには狭いし。壁も薄いから隣気にすんのも嫌だしよ」
「えっ、と……シズちゃん?」
「キッチンとか冷蔵庫使うのは手前だし、カーテンとかカーペットにしても手前は一々好みがうるさそうだからよ」

 だから話聞いてたのに、さっきから反応悪いし、なんなんだよ手前。
 ぶつくさと言う静雄に、臨也はすっかり毒気を抜かれていた。もう、なんなんだよ、ばか。勝手に一人で話進めちゃってさ。

「あー、その、シズちゃん」
「なんだよ面倒臭ぇ」
「あのさ、同棲するつもりなら、先に了承くらい得るのが普通じゃないの」
「手前、一緒に暮らすつもりねぇのか」
「そういう訳じゃないけどさ……」


 先に言ってくれなきゃわかんないじゃん、ばか。最初から選び直させてよ。

 その言葉が、嫌だ、という意思表示ではないことに安堵しつつ、恥ずかしそうにそっぽを向く臨也の赤く染まった耳を、静雄は見逃さなかった。







2011.3.23



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