※長編、Beautiful world.の別の可能性の話(パラレルのような)
※ただ静臨が幸せになる話









 歌手としてデビューしてから、もう9年になる。歌うことは楽しい。ダイレクトに、気持ちを伝えられる手段の一つだ。優しい気持ちや、寂しい気持ちさえも内包して、遠くの誰かに届けてくれる。見たこともない人が、歌で繋がっている。
 CDを出せばオリコン上位、という時代はもう遠い話のようだ。元々そんなに人気が欲しいわけでも、売れたいわけでもなかったから、それはどうでもいい。コアなファンはいるし、時折ラジオなどでも自分の曲が流れているのを耳にしたりするから、誰かには届いているのだろう。それだけで充分だ。
 俺はテレビなどのメディアにもあまり登場しないため、外出時にもそんなに気を遣わなくて済むのがありがたい。人目をひく方ではあるが、それが“歌手の折原臨也”であるとは気付かれにくいからだ。

 休日に近所を散策しては新しく出来たカフェなど巡ったり、というのを趣味にしている俺は、その日も同じようにそれをしていた。ついこの間まで空いていたテナントが、改装されて落ち着きのあるカフェになっている。挽きたてのコーヒー豆の香りに誘われて、店の中に入った。
 店内には従業員が2人のみで、他に客の姿はない。ゆったりと流れるBGMに耳を傾ける。何だか聞き覚えのある曲だ。考えるまでもない、俺の歌。ボーカルは入っていなくて、ジャズアレンジのインストゥルメンタルだが、元は俺の歌だという自信がある。だって、作詞作曲ともに俺が手掛けているのだから。

「いらっしゃいませ……、え?」

 店員の語尾に疑問符がつく。顔を挙げれば、落ち着いた店内には似つかわしくない、明るい金髪が目に飛び込んでくる。

「え、もしかして、折原臨也、」
「えっと……」

 まさか一発でばれるとは思っていなかった。どうしようか、ちょっと気になるカフェではあったのだが、ここは引き返した方が……と考えていると、カウンターから先程の金髪店員が慌てて飛び出してきて、俺の腕を掴んだ。

「俺、あんたの大ファンで……! この店のBGMもぜんぶあんたの曲なんだ……!」

 きらきらと、まぶしい。
 その表情は、髪の毛よりももっと輝いている。造作も整っていて、綺麗な顔だ。何も答えずにじっと店員の顔に見とれていたら、どうやらこちらが困惑していると勘違いしたのか慌てて手を離された。

「す、すんません……! 俺、興奮しちまって……!」
「あ、いや、いいんだけど……」

 その店員に度肝を抜かれた俺は、すっかり引き返すという選択肢を忘れたまま、カウンターに腰をおろした。もう一人の店員に視線を向けると、これまたひどく綺麗な顔立ちの、黒髪の男性だった。しかしこちらは金髪の店員とは反対で、無表情だ。笑ったら相当にカッコイイだろう。どちらにせよ、二人ともカフェ店員というよりはむしろモデルか何かのように見えた。女性客の口コミが増えれば繁盛することだろう。

「ご注文は何にします?」

 金髪店員が話しかけてくる。とりあえずカフェラテと、チーズケーキを注文して、ぼんやりと店員や店の中を眺めていた。奥の方に大きなオーブンが見えるので、ケーキなども手作りなのだろう。店内に漂うコーヒーと、甘い香り、それにBGM。ちょうど曲が終わり、次に流れてきたのは、確か1枚目のアルバム、最後のトラックだ。自分でもお気に入りの曲。ジャズアレンジなんてよく見つけてきたなぁと思いながら、懐かしくてつい口ずさむ。

「わ……やっぱり本物……」
「!」
「あっ、すんません……! ごめん、なさい」

 お気を悪くされたんじゃ……と金髪店員が狼狽えているのがわかる。おろおろとしているその様は、俺と同じくらいの年に見えるのに、幼く見えてクスリと笑ってしまう。

「ねぇ、名前は?」
「へ、」
「君の名前。教えてよ」

 気になってしまったのは。
 ただの偶然だ。何となく、聞きたくなった。こちらから話しかけるつもりなんて、まったくなかったのに。

「あ……その、平和島、静雄、っす……」
「そう……じゃあ、シズちゃんって呼ぼうかな」

 にこりと微笑みかければ、シズちゃんは照れたように頬を赤らめた。
 ぽつりぽつりと会話を交わしあい(もう一人の店員さんは弟らしい。兄弟でカフェを開くのが夢だったのだそうだ)、注文のカフェラテとチーズケーキを頂いて。
 普段だったら、ぜったいにこんなことしない。人前で歌ったり、店員に話しかけたりだなんて。でも店内のBGMはどれも俺の曲で、それも決まって俺が自分でも気に入っている曲ばかりだった。

「そうだ、俺の歌でさ、一番好きなのって、なに?」

 好奇心で、聴いてみただけだった。金髪の店員、シズちゃんは目をぱちくりさせて、でもすぐに、言い淀むことなく、答えた。


「Beautiful world.いちばんきれいで、優しい歌だとおもうから」


 俺も、自分でいちばん気に入ってる曲だよ。そう告げて、代金を支払う。
 また来てもいいかな、という言葉に、シズちゃんはその顔を明るくさせて、大きく頷いた。



 新たなお気に入りカフェが出来た瞬間だった。何だか、幸せな歌を……愛の歌を、歌えそうな気がした。





うつくしいせかい





*――*――*
まったくのパラレルですが、幸せな二人を書きたくて。
二人が死刑囚じゃなかったら、歌手をやめていなかったら、そんな話。

2011.3.13


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