※ドタイザ
※別に猫耳生えるとかじゃない



「ねえねえドタチン」

 この男は、勝手に人の家に上がりこんではじゃれついてくる。
 今だって、ふかふかのソファに寝転がって雑誌なんて開いて。これでは俺が座る場所なんてない。

「ガイドブックなんて買ってさぁ、なに? 旅行でも行くつもりー?」
「あー……別にどうでもいいだろ」
「気になるんだよ……あ、コーヒーそこ置いといて」

 淹れたてのコーヒーの香りがリビングに広がる。はぁ、とひとつため息をついて、ソファのすぐ前、カーペットに直で座り込んだ。毛足の長いそれはさわり心地が良く、臨也がわざわざ送ってきたものだ。曰く、「隠れ基地は居心地のいいものにしたいだろう?」とのことで……勝手に人の家を隠れ基地にするなと言いたい。

「早く飲まないと冷めるぞ」
「ドタチンが言ってくれたら飲むって」
「……」
「だいたいさぁ、そんなテーブルの上に置いてたら気になるのわかってるでしょ?」

 ソファに寝そべったまま人の背中に手を伸ばしてくる臨也は、少し不機嫌なようにも見える。顔を見なくても、唇をとがらせて仏頂面している様が目に浮かぶようだ。仕方なしに、臨也の身体を押しやってスペースを確保し、ソファに腰掛ける。寝そべっていた身体を起こして、臨也はこちらを見た。ふかふかのクッションをぎゅうと抱きしめる姿は、なんとまあ、成人男性に似つかわしくないことか。

「……行ってみたかっただけだ」
「へぇ、彼女でもできたの」
「なんでそう決めつける」
「べつにー」

 体育座りをしてクッションを掻き抱き、ぷいとそっぽをむく臨也を、ソファの肘掛に肘をついて眺める。勝手に人の家にやってきて、勝手に人のプライベートを覗きこんで、勝手に機嫌を悪くするなんてどこの子供だ。普段は寄り付かないくせに、腹が減ったとき、愛されたいときだけやってくる、まるで野良猫のような存在。

「いざや、」
「なに」
「お前と行きたかったって言ったら、どうする?」
「……べつに」

 嬉しいわけじゃないけどさあ、ドタチンが行きたいって言うなら、ねえ。
 しばらくの沈黙の後、臨也はそんなことを、ぼそぼそと呟く。普段は口から生まれてきたんじゃないかと思うほどによく回る口は、こんなときは決まって固まってしまうのも把握済みだ。

「俺の家にはよく野良猫が来るんだ」
「へぇ、」
「普段は寄り付きもしないんだがな、たまにやってきては、人の持ち物にいろいろとけち付けやがる」
「ふう、ん」
「果てには人の家を隠れ基地なんて言うんだ、その猫」
「……」

 にやにやしながら臨也を見れば、クッションに顔をうずめているためにその表情はうかがえない。が、確かに何か思うところはあるのだろう、耳元が、赤く染まっているのが視界に映った。

「俺としてはだな、そろそろ飼われてくれてもいいと思うんだが」

 ソファから立ち上がり、臨也の前に立つ。臨也の肩を押し、顔をクッションから引きはがせば、そこには案の定顔を真っ赤にさせた臨也がいて。

「なあ、どう思う?」

 赤く染まった耳元に軽く口づけを落とし、そのまま臨也の身体をソファの背もたれに押し倒す。一点に二人分の体重を受けたやわらかなソファはその分沈み込んだ。

「……、その、ドタチン」
「なんだ?」

 この男に猫の耳でも付いていたのならば、きっと今頃ぺたりとへたれこんでいることだろう。可愛いなんて言ってしまえば、また気恥ずかしいのを隠そうとしかめっ面するに違いない。臨也はそういう男だ。天の邪鬼で、素直じゃない、気まぐれで自由勝手で気分屋な、そんな存在。

「……、」

 か細く、蚊の鳴くような声で呟かれたその言葉を聞いているのは自分だけでいい。
 俺は、たった今野良猫から飼い猫に昇格した目の前の男の唇に、自らのそれを重ねた。




幸福なペット




*――*――*
猫の日記念
好きなアーティストに同タイトルの楽曲があるんですけど、
それの歌詞確認してたら犬の話だったアイター

2011.2.22


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「見えない臓器の名前は」
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