※??×臨也
※嘔吐注意





 ぢゅ、ぐちゅり。
 歯を突きたてると、口の端から水滴が滴り落ちた。
 黄桃を持つ手に果汁が滴る。みずみずしいほどに水分を孕むその果実に、臨也は目を細めた。腕を伝い流れ落ちた果汁を舌で追う。甘い。あまい。上半身には何も身につけていないため、顎から垂れた果汁はその薄い胸元までもを濡らしていた。

 ぴちゃ、ちゅ、ぢゅっ。
 わざと派手に水音をたて、臨也は黄桃にかじりつく。まるで行為の最中を連想させるような卑猥な音に、臨也は少なからず高揚していた。わざとらしく、舌先で桃の窪みを舐める。唇と、歯を使って丁寧に、ゆっくりと皮をむいていく。その実を、軽く甘噛みしてはその果汁を舌の上で転がし、味わった。
 そうして、ゆっくりゆっくりとその行為は続いていく。たった一つの黄桃を、優に30分以上かけて臨也は咀嚼した。やわらかく、甘美な果肉が自らの血肉になっていくかのようなその感覚に、臨也は思わず身震いする。まるで達した直後のような充足感を感じつつ、臨也は席を立った。


 折原臨也の住む事務所兼自宅のそのマンションは、彼と同年代の人間が住む部屋と比較したときに明らかに頭一つ、二つほど抜き出でて広い。新宿の一等地に構えたその部屋は、比例してバスルームも広かった。ズボンのバックルを外す手のべたつきに多少のいらつきを感じながら、ボクサータイプのパンツとともに脱ぎ捨てた。
 白を基調とし、シックにバランスのとれたバスルーム。シャワーヘッドから流れる熱い水を頭から浴びながら、臨也は先ほどの行為を思い返していた。まだ反応もしていない自らの性器にゆっくりと手を伸ばす。軽く擦りあげると、簡単に頭をもたげはじめる自らの浅ましさに、笑う。性器を擦る手を離し、臨也は自らの後孔に指を這わせる。少し入口を広げるように指を差し入れると、中からどろりとしいたものが流れ落ちた。その感覚に耐えるように、臨也は目を瞑る。


 臨也は、自らの精神が不安定であることを十分に理解している。そして、その不安定さを埋めるために行きずりの相手に身を任せてその行為を行っている自分の異常さも。
 いつだって、その行為の後は逃げるように帰ってきた。
 行為そのものは、気持ちがいい。至極簡単に不安定なその隙間を埋めてくれる。しかし、行為が終わってしまえば臨也の全身を埋め尽くすのは虚無感に等しかった。行為に身を置くよりもさらに隙間だらけになる、乾ききったその身体を臨也は持てあましていた。


 中に吐き出された知らぬ男の白濁を全て書き出し、臨也は大きく息を吐いた。と、同時にせり上がってくるもの。横隔膜が引き攣り、胃が痙攣するような、堪えようの無い吐き気が臨也を襲う。その不快感は何度経験しても慣れない。性行為にはあんなにも簡単に慣れたというのに、だ。
 生理的な涙が視界をゆがませ、食道にこみあげてくる胃液を伴った果肉の感覚に思わず強く目を瞑った。舌先が痛い。

「ぐ、……うぇ、……、ふ、ぅ……」

 吐き出したものは渦を巻いて排水溝に溜まっていく。胃の中にあったものは、そう、黄桃だけだった。それもすべて、流れ落ちてしまったが。





 
 ただの機械人形になれたら、楽かもしれない。
 自動応答機能を備えた機械人形ならば。そんなことを思ってみるが、そうだったならばそもそも隙間なんて存在しないな。そんなふうに考えて、臨也は自嘲した。
 いつからか、臨也はこうして、行為から逃げ帰った後に黄桃を食べるようになった。そして吐く。
 今日も、そして次も。
 からっぽなその身体の隙間は、いつまでたっても埋まらない。



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