●1/27 23:58
 すでに風呂も入り、あとは寝るだけというまさにその瞬間だった。ピリリリリ、と静かな自室に鳴り響く、場違いな電子音。着信を知らせるその音色に手を伸ばす。非通知? 通話ボタンを押し、耳に押し当てる、と。

「やぁ、こんばんは!」
「……っ!!」

 声音だけで“ヤツ”だとすぐにわかってしまった自分が腹立たしい。そう気付いてさえいなければ、俺はきっと、購入してからそろそろ1年が経とうかと思う使いなれた携帯を握りしめて壊してしまうことなどなかったはずなのだ。
 手の中にあるのは、無残にも壊れてしまった元・携帯電話が一つ。もちろん、耳障りなあの声は一切聞こえなくなっていて、再び静かになった部屋の中には、怒りのあまり眠れなさそうな自分が一人。普段だったら寝る前に携帯アプリのゲームを少ししてから眠るのだが、今日はそれすらできない。いらいら、いらいら。目覚まし時計(俺が良く見ている動物バラエティ番組に幽がゲスト出演した時に貰ったという、番組オリジナルグッズだ。俺が好きだと知っていてわざわざ持ってきてくれたのだ)のアラームをセットして、部屋の電気を落とし布団にくるまる。頭の中には、あのクソムカつくノミ蟲が一匹。ああ、最悪だ。


●1/28 08:31
 そういえば、普段は目覚まし時計と携帯のアラーム、二つを駆使してなんとか目を覚ましているのだった。遅くても八時には起きる予定だったのに、三十分も寝坊だ。これはヤバい。すんません遅刻します、とトムさんに連絡を入れようと思った所で、昨晩携帯をぶっ壊してしまった事実を思い出した。ああ、イライラする。そもそも寝坊したのだって、あのノミ蟲が電話してきやがったのが原因じゃねぇか。イライラ、イライラ。
 しかしまあ、イライラしているだけでは何も変わらない。時間は止まってくれないのだ。急いで身支度を済ませると、食パンを咥えて自宅アパートを出た。急げばなんとか、間に合うだろうか。
 結論を言ってしまえば、俺は遅刻をした。確かに寝坊したからというのもある。だがしかし、遅刻の大きな原因は、そう、臨也だ。
 ぎりぎり、本当にぎりぎりだった。なんとか出社時刻に間に合うと思われたその矢先、俺の目の前にあの男が現れやがったのだ。「やあ、おはよう」なんてにこやかに笑うその声に、全力失踪して少しばかり疲労した身体は簡単にタガを外した。ちょうど会社から出てきたトムさんとヴァローナの姿を見つけ、「すんません、今日、」言いかけた途中で「わかった」と答えるトムさん。二人は俺の様子を見て納得したように顔を見合わせていた。
「あ、静雄!」
 何かを思い出したように、トムさんが俺に声をかける。どうしたんすか、と顔を向けるが、その瞬間に臨也のナイフが飛んできた。当たったところで全く痛くも痒くもないが、
ナイフを投げてくるその行為自体が許せない。シズちゃん、こっちだよ。ひらひらとコートの裾を翻し、臨也は走る。
「すんませんトムさん、話はまた今度で……!!」
 まだトムさんは何か言っているようだったが、今は臨也を追いかけることが先決だ。


●1/28 12:38
 かれこれ三時間ほど臨也を追いかけていただろうか。今は近くに臨也の姿も見えない。くるくるちょこまかと逃げ回る臨也を追いかけるのは、ただ走るだけよりもかなり疲れる。すこしばかり休憩しようと、公園のベンチに腰掛けた。
 と、その時馬の嘶きのようなものが聞こえる。公園の入り口の方に視線を向ければ、思った通りの友人の姿がそこにあった。
『静雄じゃないか、今日は仕事は休みなのか?』
 手元のPDAに打ち込まれたその文字を覗き込み、首を横に振る。
「本当は仕事あったんだけどよぉ……」
 これまでのことを説明すると、セルティは肩を竦めた。
『……それは災難だったな……ということは、もしかして静雄、私のメール届いてなかったのか』
「メール?」
『ああ、日付が変わったころにメールしたんだ。返事がないからもう寝たんだろうと思ってた』
「あー……それはなんつーか、悪かったな。何か急ぎの用だったのか?」
『急ぎの用っていうか、ほら、今日は静雄n』
 セルティがそこまで打ち込んだところで、再び小型ナイフが俺とセルティの間を通りぬけた。
「追いかけっこは終わりかい?」
 見れば、少し離れたところに臨也が立っている。その姿を視界に認めた瞬間に、再び頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「悪いセルティ!」
 全身黒ずくめの友人をその場に残し、俺は再び臨也を追いかけ始めた。




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