(寒くて、手が悴んで、吐き出した息は白く染まっていた)

 寒いねえシズちゃん。こんなにも寒い。冬だよ、冬!
 何が楽しいのか、きゃらきゃらと笑いながら臨也は言う。雪がちらつく夜道で、くるりとターンしコートの裾を翻す。その足取りは軽く、ともすれば重力を無視しているんじゃないかと錯覚するほどだった。
 仕事が終わり、近所のスーパーで割引されていた売れ残りの惣菜をいくつか買い込んで帰路を辿る。その途中で、会いたくもない男に出会った。ここ数日顔を会わせようともしていなかった男だ。新宿にその宿を移し、たまに池袋に現れてはひっかきまわしていく男。その男、臨也は不敵な笑みを浮かべる。
 おひさしぶりだねえシズちゃん、元気にしてたかい?
 ああ元気だったさ手前が俺の前に現れるまではな、そう言おうと思ったが、とにかく寒くて仕方がなかった。口を開くのも面倒だと思う程度には寒かった。それなのにこいつは、くるくると口を回らせる。
 寒い寒い、こんな日は、ねえ。
 重力を忘れた細いその足は、ひゅうっと冷たい風のように一瞬で俺の近くまでやってくる。臨也の意図なんてわかりきっていた。この男は寒がりなのだ。それも、かなりのレベルの寒がり。こんな寒い日には、とても一人では眠れないだろう。
 そう、今日はあまりにも寒かった。寒すぎた。寒くて、手が悴んで、吐き出した息が白く染まってきらきらと光るくらいだった。だから、標識を引っこ抜くための手に力が入らなくて、殴りつけるための拳が動かなかったのだ。仕方がないことだった。
 何と言ったって、俺もたいがい寒がりなのだ。きっと、目の前の男と同じくらいには寒がりだ。殴りつけるための拳は動かない。雪のように冷たい臨也の手に触れるための腕は、普段ぶつける暴力のかけらもない。寒いから仕方がない、悴んでしまった指先には、思うように力が入らないのだから。今だけは、こんなに寒いのだから、仕方がないし構わない。

「ふふ、寒いね」
「うるせ」

 明日は雪が降るかもねえ、と臨也はやわらかく微笑む。雪みたいに白くて冷たいその身体が、早く俺の熱で溶けてしまえば良いのになんて、柄にもないことを思った。




2011.01.18


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