※モブ×臨也描写有り
※バッドエンドかつ可哀想な臨也さんなので注意








 俺がシズちゃんの子供を身籠って、数週間が経った。毎日仕事終わりにシズちゃんは俺のマンションに寄り、俺の身体を労ってくれる。優しく微笑みかけ、「早く元気な子が産まれるといいな」と俺の腹を撫でる。
 幸せだった。俺と、シズちゃんと、俺の胎内に宿る俺たちの子供と。俺の腹を撫でるシズちゃんの左手には、きらりと光るシルバーのリング。無駄な装飾のないそれは、細身ながらもしっかりとしたシズちゃんの長い指にとても似合っている。そしてそれとお揃いの指輪が、俺の左手の薬指で輝いていた。
 式を開くと大変だから、指輪だけ。「その指輪、どうしたの」と訝しげに新羅に聞かれたが、シズちゃんと結婚して幸せになるんだよ、と微笑めば新羅は押し黙ってしまった。あんなに仲が悪かった俺たちが結婚するのだから、かなり驚いていたのだろう。事実、妊娠したんだと言えば、新羅は目を見開き、そして心配そうな顔をした。大丈夫だよ新羅、結婚して妊娠しても君は俺の友人だ、俺たちは幸せになる。だからそんなに心配しなくても大丈夫だ。
 新羅に言われたので、俺は産婦人科には行っていない。僕が診るから、他の医者には行かないこと。真面目な声でそう言われ、俺は頷いた。




「今日は何してたんだ?」
「ん、編み物の練習だよ。ほら、まだ途中だけど」

 そう言って毛糸のもこもことした物体を引っ張り出す。まだ片方しか完成していない小さな靴下と、もう片方の編みかけのそれを見て、シズちゃんは顔を綻ばせた。名前とかも考えなくちゃなぁ、なんてシズちゃんは頭を捻っている。
 情報屋の仕事は、もうやめた。人間は好きだが、今はそれ以上にシズちゃんと、胎内に宿る命が愛しかった。だからもう必要がなかった。金なら今までの貯金もあるし、表向きのフィナンシャルプランナーとしての仕事を片手間にやっているだけで充分すぎる収入だった。今頃池袋では、あの折原臨也が情報屋をやめたと噂になっているらしい。新羅がそう言っていたが、俺には興味がなかった。
 日中はPCで少し仕事をし、編み物や料理を波江に習ったり、新羅の所に通ったりして過ごしていた。波江は俺に嫉妬しているらしく、時折可哀想な目をしてこちらを見ている。自分は愛する弟と結ばれることはないのだから、その視線も納得だ。


 幸せだった。俺は、俺たちは幸せだった。





* * *





「ねえ、お兄さんちょっと」
「え……? ……!?」

 新羅の所に行って診察してもらったあと、少し池袋の街を歩いていた。シズちゃんと追いかけっこしていたな、なんてつい数ヶ月前のことが懐かしく感じる。あまり出歩くな、とシズちゃんや新羅からは念を押されていたけれど、懐かしさのあまりフラフラと狭い路地に入ってしまったのだ。それが、まずかった。俺は危機管理能力を著しく欠如していたのだ。俺は、自分が、多くの人間の恨みを買っていた「折原臨也」であったことをすっかり忘れていたのだ。
 後ろから声をかけられ振り向けば、にやにやと下品な笑みを浮かべる数人の男たち。ヤバいと思う暇もなく、腕を取られ身動きが取れなくなる。背後から羽交い締めにされ、どうすることもできずにいると、開いた口に変な液体を入れられた。甘ったるい香りが広がる。吐き出そうにも口元を押さえつけられてはそれも叶わず、飲み干してしまっていた。
 身体中に力が入らず、少しずつ意識が薄れていく。「まさかあの折原が……こんな簡単にやられるとは……」「俺たち……に報復して……気が済まない……よ」「お前が……昔やって……まさか忘れ……ぞ……」ごちゃごちゃとうるさく口々に話す男たちを、霞む視界に捉えた。5人程度の男たちは俺を担ぎ上げると、すぐ近くに停めていたワゴン車に放り投げる。シズちゃん、シズちゃん。助けて。






 シズちゃんが、笑っている。俺は、彼が嫌いで嫌いでたまらなくて、そう思い込もうとしていて。いざや、いざや、あいしてる。狂ったように繰り返されるシズちゃんの声。おれたちの子供。幸せな愛の結晶。こども、いのち。

 気付けば、俺は廃工場に転がされていた。下肢にはべたりとまとわりつくたくさんの白い液体と、赤い、血液が。

「ひ、……っ!」

 一気に、フラッシュバックする男たちの下卑た笑い声。ぐちゃぐちゃに犯され、輪姦され、全身を汚され。

「ぁ、……あか、ちゃん……」
 既に周囲には誰もいなかった。鉄の臭い。下半身が酷く重い、鈍い痛みも感じる。思わず出した声はすっかり掠れてしまっていた。必死の抵抗は薬の効いた身体では意味を為さなかった。泣き叫ぶ声は届かなかった。いやだ。認めたくない。こんな風に犯されたら、俺の、おれたちのあかちゃん、は。

「ゃ、あ、ああああああ゛゛あ……!!!」


 もう、何も考えたくなかった。そうして俺は、“元から何も孕んでいなかった”自らの腹部をどこか他人事のように眺め、絶叫し、そのまま意識を手放した。





* * *





 シズちゃんは、狂っていた。それはわかっていた。そしていつしか俺も狂ってしまった。気付いていなかった。俺は男だ。シズちゃんを愛していても、どんなに子供を欲しがっても、その愛を胎内に孕むことはない。妊娠なんて、する訳がなかったのだ。
 どうやら俺は三日間も眠り続けていたらしい。俺を見つけたのは、シズちゃんだった。新羅の所に俺を運び、俺の目が覚めるまでずっと手を握っていた。
 目が覚めたので、シズちゃんを部屋から追い出し、新羅を呼ぶ。とても悲しそうな新羅の顔。ああ、あの目は、この間までの目は、狂ってしまった俺を哀れむ目だったのだ。

「しんら、俺、」
「臨也、無理はしないでいいから」
「俺は、元から、妊娠なんてしてなかった」
「……ああ、そうだね」
「でも、シズちゃんは、狂ってる」

 だから、君の助けが必要だ、と。新羅の手を握る。新羅も、小さく頷いた。



 俺は流産し、もう子供を産めない身体になってしまったのだ、と。新羅はそう、シズちゃんに説明した。シズちゃんが取り乱すかもしれないと思い運び屋にも前もって説明をし、部屋の外で待機させていたのだが、シズちゃんは思ったよりもあっさりと、「そうか」と呟いた。
 そして、様子を診るからと俺は余計に一日新羅の所に泊まり、互いに気持ちの整理が必要なのだと言ってシズちゃんを自宅に帰らせた。明日の昼頃迎えにくるから。そう笑うシズちゃんは、無表情だった。



 何かあったら僕を呼ぶんだよ、と新羅が手を振る。シズちゃんに手を引かれ、俺は新羅のマンションを後にした。そのまま電車に乗り、新宿のマンションに戻るのだ、と考えていたのだが、どうやら新宿に向かう様子ではない。

「ねぇどこに行くの?」
「……」
「シズちゃん、」
「……」

 シズちゃんは終始無言のままで、それでも俺の手を離すことはなかった。優しい、手だった。逃げることなどできないくらいに優しくて、柔らかくて。

「……ついたぞ」
「……え?」
「俺たちの、新しい家だ」

 ようやくシズちゃんは声を出した。その声音が優しくて、少しだけ安心する。

「ずっと、考えてたんだ。俺が手前を守らなきゃなんねぇって」
「シズちゃん、」
「一緒に住もうな、臨也」

 そのマンションに上がり込み、シズちゃんが俺に微笑みかけた。目ぇ閉じろ、と言われて、それに従う。柔らかな温かい唇が、自らのそれに重なった。と、同時に、がちゃん、と冷たい音が響く。手錠をかけられたのだと気付いたのは一拍おいてからだった。

「幽がな、俺のために金をくれたんだ。兄貴が幸せになるためにって、こんな新居も準備してくれて」
「、……しず、ちゃ」
「俺が手前をずっと見てなかったから、あんなことになったんだろ?」

 空気が、冷たい。冷や汗が背筋を伝う。シズちゃんが、怖い。

「ほら、手前の部屋もちゃんとあるんだ」

 にっこりと微笑み、手錠で拘束された俺の手を掴んだまま奥の部屋まで引っ張られた。その部屋は、ベッドくらいしか見当たらない殺風景な部屋で。いや、違う。部屋の片隅に置いてあるあれは、俺の編みかけの、小さな靴下、だ。

「な、手前からもう目ぇ離さねぇから」
「しず、ちゃ」
「ほら、これからは一緒にいられる」

 がたがたと震えが止まらない。そうしてる間に、がちゃりと音が響き、革製の首輪が、首元に巻かれる。

「もう妊娠できねぇって新羅は言ってたけどよぉ、頑張ったら、孕めるだろ? 前の時も、ずっと精液入れたままにしてたら孕んだしよ。だから、」

 シズちゃんの笑みが、怖くてたまらなかった。目の前が真っ暗になる。ああ、ああ。シズちゃんは、狂っているんだった。

「ずっと、ずっとずっとずっとずっと愛してやるから、妊娠して、子供を産むまでずっと見守るから」
「っ、……しずちゃ、シズちゃん……っ!」
「な、頑張ろう? 大丈夫だ、愛してやる」

 笑いながら、シズちゃんは俺の服を脱がしていく。逃げられないと、直感的に悟った。

「大丈夫、手前なら、すぐまた妊娠するから」

 まずはずっと、妊娠するまでセックスしようか、なんて、まるで死刑宣告のようで。




「臨也、愛してる」


 シズちゃんは、ただひたすらに、狂っている。




Imagination baby



2010.12.2


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