彼と過ごす金曜日はいつだってあっという間だった。
 言葉を交わすたびに彼に惹かれていく。直接触れ合ったことはない。手を繋ぐことも、ましてや口づけを交わすことなんて、なかった。ガラス越しの逢瀬。それでも、確かに俺は彼が好きだった。

『臨也の描いてくれる、絵の中の俺なら、好きになれそうだ』

 俺は自分が嫌いだから。そう笑って、彼は慈しむような目で俺の絵を見ていた。



 いつまでもこんな日々が続くわけがないことなんて知っていた。
 違う未来を想像したことも、もちろんある。もし彼が、殺人犯でなければ。もし俺が、今でも歌い続けていたら。そうだったならどんなによかっただろうと。
 そこまで考えて、いつも泣きそうになる。だって、もしもそうだったのなら俺たちは、出会えてすらいない。彼が殺人犯で、俺が歌うことをやめたから出会えたというのに、そのきっかけが、これから先の未来を邪魔する。考えないように努めていた。それでも彼は死刑囚だった。いつか、そう遠くない未来、彼の刑は執行される。

 金曜日は、無情だった。






「え、」

 ようやく、絞り出すように出した声は震えてしまっていた。スピーカー越しに感じる、田中さんの申し訳なさそうな切ない声色に苦しくなる。

「そ、んな、嘘でしょ」
『執行は……国が決めることだからどうにもできなくて』
「や、だ……」

 金曜日だった。明日は金曜日で、シズちゃんの誕生日で、俺は、彼のために歌うと決めていたのだ。それなのに、どうして。

「シズちゃん、に……会うことは、できない、んですか」
『執行が明日の朝だから……難しい、と思う』
「じゃあ、今からでも……!」
『もう今日の面会時間は終わってるから……悪い』
「でも! 明日シズちゃんはっ……!」
『……静雄は、明日刑が執行されることを知らされていないんだ……だから……』
「……っ」

 握り締めた携帯電話は無機質で、冷たい。金曜日は無情だ。何年も音沙汰無しだったなら、そのまま忘れたようにいてくれればよかった。なんで、今更なんだよ。

 どうして、シズちゃんは死刑囚なんだろう。

 どうして、好きな人と触れ合うことすら、出来ないんだろう。





 * * *





 朝、目が覚める。今日は金曜日だ。金曜日は、好きだ。臨也に会えるから。

「……静雄」
「おはようございます、トムさん」

 この、人の良い看守にはどれ程気にかけてもらったのか、計り知れない。死刑囚と看守だなんて特殊な立場でさえなかったら、もっと、良い関係を築けていたかもしれないな、なんて思った。
 この人も、たいそうなお人好しだ。臨也を連れてきた、あの門田ってやつと同じくらい、バカみたいに優しくて、お人好し。
 トムさん。どうして、貴方がそんなに泣きそうな顔をするんですか。バレバレじゃないすか。こんな死刑囚一人に、なんでそんなに気を遣ってくれるんですか。こんな大人が、小さかった頃の俺たちの周りにいてくれたら、きっと、俺は、俺たちは。



 あと数時間後に刑が執行される死刑囚の俺には、どうやら手紙を書くという機会が残されているらしい。と言っても、俺には手紙を書くような身内なんていないし、書く内容も少ない。……いや、たった一人、手紙を書きたい相手がいた。
 金曜日を楽しみにしていた。金曜日がやってくるから、俺は生きていることが嬉しくて、より一層、朝が怖くなった。早く殺してくれと願っていたあの頃の俺はいない。いつか、こんな宣告をされる日が来るのをずっと待っていた頃の俺は、あいつ……臨也に会ってから、消えてしまった。

「手紙、ね」

 死ぬことなんて怖くなかった。早く殺して欲しかった。そんな俺を、変えてしまった男がいた。そうだ、男だ。いつだったか、幼い頃にテレビやラジオで聴いた、あの歌声を持つ男だ。そんな男に会う度に、俺は心を動かされて、揺さぶられて。その柔らかそうな唇に触れたくて仕方がないと思うことも、何度もあった。その感情の正体を、俺は知っている。あいつに出会うまでは抱いたことのなかった感情だ。

「……迷惑、だろうな」

 今更、死に逝く人間に打ち明けられたって、臨也も迷惑するだろうな。そう思うと苦笑いしか出てこない。あいつには、未来がある。このまま、俺のことなんて忘れて、幸せになって貰えたなら、それでいい。
 ……そう思えたなら、なんて楽なんだろう。俺はどうやら、そんなに優しい人間ではないらしい。迷惑なのはわかっている。それでも、臨也に、俺の痕を残してやりたかった。俺のことを思って、泣いてくれたら嬉しい。同性でありながら、こんな感情を抱いていた男がいたことを、ずっと臨也に憶えていて欲しい。そんな、傍迷惑で、ワガママな話。

「これくらい、許してくれよな」

 真っ白な紙に、ゆっくりとペンを下ろす。一文字一文字、ゆっくりと、この感情を、想いを込めて、綴っていく。



 書き終えた手紙を、丁寧に折り、封筒に入れる。きちんと封をして、トムさんに渡した。必ず渡すから。そうトムさんが言ってくれたのだから、この手紙は確実に臨也の元に届く。

 俺が死刑囚じゃなかったら。
 例えば臨也と高校の同級生だったりしたら。それはそれで、きっと楽しい高校生活だったんだろうなって思う。俺にはまともな学生生活の経験なんてないから何とも言えないけれど、毎日毎日、学校に行くのが楽しみになるんだろうな。俺は頭が悪いから、臨也に勉強を教えてもらったりして。ああでも、臨也は割りと理屈っぽいところがあるから、もしかしたら喧嘩ばかりしていたかもしれない。逃げ足は速そうだな、毎日追いかけっこなんてして、バカみたいにはしゃいで、笑いあって。
 そんな、夢みたいな話。俺はどう足掻いても死刑囚だ。こんな世界とも、もうすぐさようならだ。
 それなのに、どうして泣いているんだろう。俺にはわからない。早く死にたかった。死にたかったんだ。自殺を繰り返して、その度に門田に説教の手紙を貰って。死刑になるこの瞬間を、ずっと心待にしていたはずだったんだ。

「静雄、」
「っ、ふ……トム、さん」

 トムさんが、優しく俺の頭を撫でてくれる。嗚咽が止まらない。零れる涙を服の袖で拭う。その時、トムさんがわざわざ、俺の耳元に口を寄せた。まるで、内緒話でもするように。

 ――今から移動するから。耳をすませておけ。

 一瞬、何のことだかわからなかった。ハッと顔を挙げれば、もうトムさんはこちらを見ていない。ただ、トムさんの言うことだ。何か意味があるのだろう。
 ゆっくりと、進んでいく。死に向かう足音が、静かな廊下に響き渡る。かつ、かつ。足音だけが耳に届いて、それでも、言われた通りに耳をすますことだけはやめないで。

 その時だった。

 微かに。本当に微かな、か細い声。紡がれるメロディ。これは、ああ、これは。

 静かすぎる廊下に、死に逝く足音と、生きている歌声が響く。ずっと、ずっとずっと、聴きたくてたまらなかった、あの歌声だ。なあ、あの頃、手前、こんな風に歌っていたっけ?
 こんなにも、きらきらと輝いて、愛に満ちた歌声を、俺は初めて聴いた。つい、足が止まる。ずっと聴いていたいと思った。いつまでも、いつまでも聴いていたい。
 臨也、なぁ臨也。
 俺は、自惚れても良いんだろうか。
 こんな歌を、俺のために歌ってくれるなんて。



「いざや、」



 生きる希望なんてなかった。幼い頃に、世界は醜いものだと知った。早々に裏切られて、絶望した。だけど。
 こんなにも綺麗な愛の歌があるなんて知らなかった。

 そして再び、死に向かって歩き出す。歌声はまだ響いていた。もう、涙は出ない。この歌声を忘れないように。



「あいしてる、」



 この歌を胸に抱いて、俺は逝く。
 世界の美しさを、この耳に焼き付けて。




Beautiful world.









*――*――*
パロディ元:「私たちの幸せな時間」

以下、謝罪文。
↑の漫画が好きすぎてシズイザで書きたいと決意して、書きました。
1〜4までは半年ほど前に書いていたのですが、最後をどうするか悩んで結局こんなに引き延ばしてしまいました。
正直な話、パクリと言われても仕方がない内容だなぁ、と久々に読み返して思いました。どれもこれも、私の力量不足が招いた結果だと思います。
原作ファンの方にとっては、不快にさせる内容だったかと思います。
ただ書きたい、その気持ちに文章が追いつかないもどかしさを切に感じました。
今後はこのようなことがないように心がけます。
ここまで読んでくださってありがとうございました!

2011.2.28
猫村


「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -