※静臨
※恋人二人
※甘い






 臨也の弱点を一つ上げるとすれば、それは耳だ。





「っ……! 耳元、も、やめてよ……っ!」
「あ゛……?」
「んっ……!」


 仕事が忙しい、と一蹴されて、俺は臨也のマンションで放置されていた。なんでも、明日までにまとめて報告しなければならないことがあり、そのまとめがまだ残っているらしい。それは別にいい。この年なのだ、仕事は大切だということくらいわかる。わかるが。

『えっ……何で来ちゃったの……』

 仮にも恋人の顔を見て、盛大にため息を吐くというのはいったいどういった了見だ、この野郎。
 それでも、青筋立てた程度で我慢した俺をもっと褒めてほしいと思う。慌ただしくパソコンに向かい、画面とにらめっこしながらキーボードを打ち続ける臨也に、怒ることもせず、騒ぐこともしないで、少しはなれたソファの上でじっくり待ち続けているのだから。

「……臨也、」
「……」
「おい、臨也」
「あーもう黙っててよ!」
「っ」

 気が散るから静かにしてて! と捲し立てる臨也に、流石に堪忍袋の緒が切れそうだ。いや、切れた。

「……じゃあもう知らねぇよ」
「っ、シズちゃ」
「勝手にする」

 臨也のデスクに近寄り、背後から椅子ごと抱き締める。何事かと臨也の体が強張るのがわかった。そのまま臨也のうなじに鼻を寄せ、くんっと息を吸い込むとびくりと反応する。

「ちょ、シズちゃん退いてよ……もう少しで、これ、終わるから……」
「知らねぇ、俺は充分待った」

 首筋に埋めた鼻先を、耳元に移動させる。近付けただけで反応するこの敏感さに、つい笑いが込み上げた。

「邪魔はしねぇよ、俺は喋ってるだけだ」
「っ、ふ……、それ、が、やだって言って……」
「あ゛? 手は出してねぇだろうが。早く仕事終わらせろよ」

 冷たく突き放すように告げてやると、臨也の頬に赤みが差す。良く見れば、キーボードを叩く臨也の指先が微かに震えていた。面白い。

「ほら、そこタイプミスしてんじゃねぇよ」
「っ、……!」
「手前、弱すぎ」

 くっと笑うとその漏れた息が耳にかかるだけでたまらないらしい。臨也の肩がびくりと跳ねるのを見るだけで、もっと虐めてやりたい気持ちになる。胸の方に回していた腕に込める力加減を少し変えると、臨也から小さく詰まった声が上がった。

「動く、な……、ばか……!」
「おいおい、無茶言うなよ……まあ仕方ねえ、手前が言うなら俺は動けねぇから、ずっとこのままだ」
「えっ……」
「動くなって言ったのは手前だろ」

 俺は優しいから手前の言うこと聞いてやるよ、とわざとらしく言ってやれば臨也は自らの失言に小さく呻き声を上げた。動いてはいけない、という制限のついた俺が出来ることなんて、あとは喋ることだけだ。

「……臨也」
「っ……!」
「なぁ、何で手前、こんな耳弱ぇんだ?」
「っ、ふ……、うるさ……」
「こんな弱ぇとかよ、簡単に誰にでも足開いてんじゃねぇの?」

 そこまで発言してから、しまったと思った。空気が一気に冷めたように感じる。今度は俺が失言した。臨也の肩が、先程とは違う理由から小刻みに震える。何か声をかけようとすれば、離せ、と消え入るような小さな声が聞こえた。

「離せよ、ばか……っ! ふざ、けんな……!」
「いざ、や」
「しね、死ねよ……!」

 腕を無理矢理に振り払おうとされるが、臨也が力で俺に敵うはずがない。しかし、あまりの必死さについ腕を離してしまった。椅子を回転させ、正面に向き合う。臨也は顔を真っ赤にさせて、ボロボロと涙を溢していた。臨也の椅子の前で跪くような体勢のまま、男にしては細いその手を取る。

「っ、ばか……、しね……!」
「……悪かった、俺の失言だ」
「だいたい、何なんだよっ……仕事の邪魔、して、」
「……」

 俺は早く仕事終わらせようとしてたのに、と臨也がべそをかきながら続ける。

「せっかくシズちゃんが、きてくれたから、早く終わらせて、いろいろ、しようと……っ」
「すまん」
「耳だって……、弱いの、シズちゃん限定だって、」
「えっ」
「シズちゃん、の、声、好き、なんだよ……っ、ばかっ……!」

 今度は俺が赤くなる番だった。なんだこいつ。なんだこの可愛い生き物は。これが本当にあの新宿の折原臨也かよ。
 立ち上がり、臨也を椅子から引き剥がして抱き上げた。そのまま歩き、ソファの上に降ろしてやる。急なことに驚いたらしい臨也の目からは涙が止まっていた。

「悪かった」
「……知らない」
「俺だって、お前が浮気してるとか考えてねぇよ」
「じゃああんなこと、言うなよ……」
「悪い」

 謝りながらソファに乗り上げ、今度は正面から臨也の耳元に唇を寄せる。息を吹き掛けるだけでびくりと大げさな反応を示す臨也が、可愛くて仕方がない。

「なぁ、臨也」
「んっ、は……、耳、やだ……」
「愛してる」
「……ばか……、ん、っあ……!」

 とびきりの、甘くて、低い声で囁く。そのまま唇で柔らかな耳朶を挟んでやると、情事の時のような声が臨也から上がった。こんな反応、見れるのは、俺だけでいい。







Poison voice.





(シズちゃんの声は毒だよ)
(だって俺、もうこれ無しじゃ無理だもん)







2010.9.17
IZY48総選挙
第3位
「声フェチで耳が弱い臨也さん」


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「見えない臓器の名前は」
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