※静臨前提の帝人→臨也








 君の場合は、只の思い違いだよ、と。
 九月になったというのにまだ全く秋の気配を感じさせない、まだまだ夏のような空気と、街の雑踏の中で、彼は僕に言った。

 非日常に憧れて、非日常のような俺に興味を持った。確かに俺は君よりも君の言うところの非日常に足を踏み入れている。けれど、どう? 俺は只の情報屋でしかない。非日常に憧れる少年に、少しだけ手を貸してあげるだけの存在だ。こんな、アンダーグラウンドの世界では情報屋なんて掃いて捨てるくらいいるんだよ、俺は至って普通の人間さ。非日常を愛すのは結構。でも、それで俺にベクトルを向けるのは、お門違いって所じゃないかなぁ?


 よくそんなにくるくるくるくると口が回るものだと半ば呆れるように感心しながら、僕は彼の言葉を聞き流す。正直な話、この人が何を言おうとどうでもよかった。話は半分も聴いていない。ただ、この人の綺麗な声が鼓膜を震わすことに高揚するだけだ。


 ……、で、帝人くん。何か言うことはないの? だんまりは面白くないよ。君の考える所を俺に話してみせてよ。……、…………ね、だから…………を、君は…………‥‥・・。


 美しい、黒豹。
 僕が彼に対して抱く印象だ。気まぐれで、しなやか。気品あるその動きには目を見張るものがある。

(ああ、でも、豹は言い過ぎかもしれない)

 平和島静雄。彼の天敵。彼が、無条件でただひたすらに嫌う人間。例えるならばライオンだ。彼の前では、この折原臨也もただの子猫のようで。

「……猫」
「え?」

 それまで黙ったままだった僕が口を開けば、戯言を吐き続けていた臨也さんもぴくりと反応を示す。

「いえ、猫を飼いたいなって思って」
「……ふぅん、唐突だねぇ。いきなりどうしたの?」
「黒猫が、好きなんです」

 にこりと笑ってみせれば、彼もまた微笑み返す。ああ臨也さん、笑うならもっとちゃんと笑わないと、それじゃあ貴方が不審に思っていること、バレバレですよ。

「猫とライオンって、どっちが強いですかね」
「? ……ライオンじゃないの? 不思議なことを聞くね、何か企んでたりするのかい?」
「……、ふ、ふふ、あははははは!!」

 臨也さんの下手くそな笑みが、可笑しくてたまらなかった。笑いが込み上げる。ああ、この人は、普通の人だ。愛しい。

「企む? 普段から何かしら企んでるのは臨也さんじゃないですか!」
「……それはどうかな?」
「否定するならそれもいいですけど」

 この目の前の黒猫を、手に入れたい。気まぐれで、主人には反抗的な黒猫を大切に大切にゲージに閉じ込めて、愛情を注ぎたい。艶やかな黒い毛並みを撫でて、愛して、愛して愛して、すべてを自分のものにしたい。

「ただ僕が飼いたいと思ってる黒猫さんは、どうやらライオンにご執心のようなので」
「……帝人、く」
「今はまだ、手を出さないでおきます」

 臨也さんの手を取る。手首を掴めば、その白さと細さが美しく見えた。このまま折ることが出来たら面白いのに。彼なら、ライオンならば、簡単にそれが出来るんだろう。

 ……ただ、貴方が好きなんです。良いじゃないですか、貴方の好きな人間に愛されるなんて。

 そこまで言ってやるのも良かったが、それはまた今度だ。猛獣の遠吠えが、耳に入る。おそらくあと30秒程で彼は到着するだろう。臨也さんもどうやら彼の存在に気がついたようだ。臨也さんに手を強く振りほどこうとされる。猫に爪を立てられるのはきっとこんな感じなのだろう。

「じゃあ臨也さん、頑張ってくださいね」

 微笑み、臨也さんの腕を離してやる。黒猫は、すぐに池袋の雑踏の中に紛れていった。


 宙を舞うゴミ箱を目にして、僕は猛獣使いでも目指したいのだろうかと苦笑する。しかし間違ってはいない。黒猫を手中に収めるには、まずライオンから手を打とう。彼もまた、僕が憧れる非日常の一つだ。愛すべき存在だ。胸が高鳴る。

「普通の少年が、猛獣使いになりたいって思っても、別におかしくはありませんよね」

 既に姿の見えなくなった黒猫に向けて、言葉を漏らす。早く、はやく、あなたを閉じ込めたくて仕方がない。変に興奮している自分に気付く。楽しい。

「貴方が好きなんです、臨也さん」

 待っててくださいね、と。

 小さく呟いたその声は、彼の耳には届かない。







夢見る猛獣使い






2010.9.10
75000hit企画
静臨←帝or臨←帝/腹黒いというか少しヤンデレな帝人の片想い


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