男子二人で一枚の毛布を分け合うのはさすがに狭かったが、それよりも体内温度の上昇がひどくて帝人は閉口していた。布団なんていらないほどに暑い。それもこれも、勢いで受諾の言葉を発してしまったのがいけなかったのだけれど。
ぱあ、と効果音がつくような笑顔を見せて帝人を威勢良く己の寝室まで引っ張ってきた主は、帝人をすっぽりと腕のなかに抱き込んで速攻で眠りの世界に足を踏み入れてしまった。呼吸の度に肩が緩やかに上下する。帝人はきっと赤くなっているだろう顔を見られなくて済んだのには安堵したが、正直今の体勢には困り果てていた。強く抱きしめられて逃げられないし、衣服越しに伝わる温もりが心臓を絶え間なく刺激する。

(起こすのも悪いし…)

体格差のせいで抱かれる格好になっているのは些か恥ずかしいものがある。だからといって、もしこれが逆の立場だったとしても、きっと正臣を抱き枕にできるほどの余裕は帝人にはないのだけれど。
ごそごそ、と正臣が身じろぎするたびに過敏に反応してしまう自分が情けないし少し切ない。

「みかど…」

甘ったるい寝ぼけ声とともにきゅう、と一層強く抱きつかれて、帝人はまるで心ごと掴まれくるまれているような錯覚に陥る。くるしくてつらくて、でも幸せな痛み。どうしようもなく泣きそうになって、慌てて正臣の胸に顔を押し当てて誤魔化そうとする。猫だからなのか高い体温。柔らかい衣服の感触が頬をくすぐる。ぎゅっと強く目を閉じて、恐る恐る背中に手を回してみる。ぴたりと密着してしまって動揺したけれど、なんだか安心した。
知らぬ間に欠伸がこぼれ落ちて、視界がぼやけて虚ろになる。うとうとと眠りに落ちる前のまどろみを味わいながら腕に力をこめると、正臣が反応したような気がしたけれど起き出してこないのできっと錯覚だ。
「…ばーか」
無意識に期待を抱かせる正臣の行動を舌足らずに不満を愚痴って、それでも離れはせずに帝人は今度こそ眠りに身を委ねる。ふわふわと浮き沈みする感情を持て余しながら。



冷たくなったシーツに触れて目が覚めた。がば、と大仰な動作で起きあがる。窓は既にカーテンが閉められ、外はとっくに日が暮れていることを知らせていた。咄嗟に隣を見るも就寝前には確かにあった影は見当たらず、帝人は自分の顔が悲壮な色に彩られるのを他人事のように感じていた。
(やっぱり、嫌だったのかな)
向こうから抱きしめてきていたことはすっかり忘れ去って自分の行動を逐一振り返り後悔しながら、帝人はかけられていた毛布を剥いでよろよろと立ち上がり、寝ぼけ眼を擦りながら寝室を出る。
と、キッチンのほうからなにやらオーブンの稼働音が聞こえてきた。同時に美味しそうな香りが届き腹の虫がぐう、と鳴る。帝人は一人で赤面しつつ、洗面所に早足で顔を洗いに向かった。

「おそよう、帝人!」
「…おはよう」

爽やかに皮肉な挨拶をされてむっとするが、相変わらずの上機嫌っぷりにどこか安心する。これだからこの親友には敵わない。
今日は俺が当番だったからな!と言って、黄色いエプロンを身につけた正臣が自信満々にオーブンから取り出した(素手で取り出そうとしたのでキッチンミトンをあわてて渡した)のは、綺麗な色に焼けたグラタンだった。正臣は料理が好きだと豪語するだけあって、大抵の料理はうまく作れる。
「ほら、早くリビング行けよ」
「あ、うん」
グラタンの皿を持ったままつつかれて、帝人は後ろ髪を引かれながら明かりが灯るリビングへ移動する。火傷しないようにね、と忠告することを忘れずに。


いただきます、と声を揃えるのは小学校からの習いだ。息を吹きかけてある程度冷ましたグラタンを口に運ぶ。溶けるようなあたたかさは、懐かしい味わいで顔が綻ぶのがわかる。
「あの、さあ」
「なに?」
かちゃかちゃと陶器同士が触れあう音が聴覚を満たす。ホワイトソースをチーズと絡めながら聞くと、普段の流暢な喋りに反して正臣はなにやら口ごもっている。訝しく感じて正臣に視線を移すと、目を伏せてフォークでグラタンをいじりながら唇を震わせていた。自慢の耳もすっかり垂れてしまっている。
「なに、どうしたの正臣」
「あ、いや」
なにか言おうと口を開いては失敗する。帝人は首を傾げて待った。正臣はちらと帝人を見て、ようやく拗ねた子供のように呟いた。

「俺、…馬鹿じゃねーよ」

俯いたままで急いで言い切ってグラタンを一口食べた正臣は、熱かったのか涙目で水を口にしている。猫舌はつらいと以前零していたことも確かあった。
帝人はそんな正臣の様子を視界の端にとらえながら、惚けたように口が開きっぱなしになるのを自覚していた。はっきり熱を持っている頬は照明に隠されていればいいのにと意識の外で願う。

「はやく食わないと冷めちゃうぞ」
「、う、うん」

折角のグラタンも熱いばかりで味がわからない。二人してほっぺたを赤くして、居心地の悪くない沈黙に囲まれて。もくもくと続けていた咀嚼にも終わりが近づいた頃、

「あの、さ」
「帝人、」

呼び声が重なる。う、と息を詰まらせた正臣を見ながら、帝人はほんの少しの勇気を総動員した。

「また、…一緒にお昼寝、しようね」

帝人がそう提案すると、正臣は驚いた顔をしてフォークを取り落としたけれど、すぐにいつもの笑顔を見せて大きく頷いた。俺も同じこと言おうと思ってたんだ、と言う正臣の仕草はわざとらしく気障ったらしくて、でもうれしくて、帝人もつられて笑ってしまった。




(照れてくすぐったそうに笑う君の顔が好きなんだ)






(sample topへ戻る)


第4回BLove小説・漫画コンテスト応募作品募集中!
テーマ「推しとの恋」
- ナノ -