「そのギャグ寒い」

握った手がぴしりと硬直するのがわかる。耳も尻尾も逆立たせた正臣はきっと帝人を睨み手を振り払い、「嫌ならいい」と言い捨ててたたと走り去ってしまった。あの方向は正臣の自室だ。どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。明色の瞳に涙が浮かんでいたような気もして、帝人はため息をついた。
こうするしかなかったんだ、と誰とも知れず言い訳をする。
帝人は正臣を大切にしたかった。
正臣には悪かったけれど、一番の友人でいられる今の場所を一時の衝動で捨てるわけにはいかない。
しかしこうなれば、正臣はしばらく部屋から出てこないだろう。今日の夕食当番は確か正臣だったけれど、自分が悪かったし、ああした手前正臣も出てきづらいだろう。おなかが空いたらきっとやってくる、と結論づけて、帝人は後味の悪さを棚に上げて夕食の仕度をするべくキッチンへ向かった。
ただ逃げているだけなんてことは、とっくに自分でもわかっていた。


「…帝人…」
「紀田くん!」

耳を垂らした正臣がリビングに姿を表したのと、帝人がシチューの配膳を終わらせたのはほぼ同時だった。窓の外はとっぷり暮れていて、蛍光灯の明かりが柔らかく夕飯の湯気を浮かびあがらせる。

「おなか空いたでしょ?今日は僕、料理したい気分でさ、味に自信はないけど」
「帝人ぉ…」

矢継ぎ早にまくしたてて正臣を宥めようとした帝人だったが、正臣は我慢の限界がきたのかうる、と瞳を潤ませて帝人に飛びついてきた。ぐすぐすと鼻を鳴らす正臣の頭を撫でながら、帝人は結局こうなっちゃったなあ、と苦笑した。

「ごめんね、紀田くん」
「…冗談なんかじゃなかったんだぞ」
「! え、と」
「…たまには昔みたいにと思って、それで、」

語尾が掠れて涙声になってしまっている。帝人は正臣を抱きしめて背中を軽くたたき、ぐずる正臣を引きずって洗面所まで連れて行った。落ち着かせてから顔を洗うのまで手伝う。まるで手の掛かる幼稚園児だ。幼い頃に転んだ正臣の手当をしたことを思い出しながら、帝人はお湯を絞ったタオルを正臣に渡した。

「シチュー冷めちゃうから、一緒に食べよう?」
「…おう」

赤くなった頬を袖で隠し、正臣はぱたぱたと先に駆けていく。やれやれとその後ろ姿を見送ったあと、帝人は洗面所に手をついてずるずると崩れ落ちた。

「…なんだよもう…」

思えば正臣からすれば、こんな帝人の気持ちは知る由もないのだ。
冗談じゃなかった、という正臣の言葉がうれしくて。それにまともに取り合えなかった自分が恥ずかしくて。泣きそうになってすがりついてくる正臣に、違う意味を見いだしてしまいそうで。

嫌なんかじゃないんだ。
自分が怖いだけなんだ。


「馬鹿みたい」

みかど、と若干くぐもった不安げな声が廊下から聞こえる。帝人は慌てて立ち上がり、尻尾を揺らしながら待っているだろう正臣の元へ急いで走る。


(素直になれなくてごめんね)

走り寄ってきた帝人の手をとって、ようやく正臣がぎこちなく笑う。帝人も照れ笑いを返して、リビングへ二人で歩いていく。



(勇気が持てるまでもう少し、臆病な僕の傍にいて)








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