明るい色調の家具で統一された広いリビングが、帝人がこの家で最も気に入っている部屋だ。寝室を除けば一番長く暇な時間を過ごしているのはここかもしれない。

 職員会議で昼までしかなかった学校から帰ってきてリビングに続くドアを開けると、不可視な扉の影から襲撃を受けて帝人はよろけた。腕を引かれて危うく尻餅をつくのは避けられたが、けほけほと軽く咳き込む。

「やー、悪い悪い!」
「悪いと思ってないでしょ…」
「いやあ、避けられると思ってたからな」
「無理だよ!」
「だから悪かったって。おかえり」

 悪びれもせず栗色の尻尾を振ってにこりと笑ったのは、同居している"猫"の正臣だ。元々は帝人の実家の隣人に飼われていた猫で、家族ぐるみでの付き合いがあった。同い年だった帝人と正臣は幼い頃からよく一緒に遊んだものだ。所謂幼なじみという関係。勉強は帝人が学校で習ったことを正臣に教え、代わりに正臣は色々な遊びごとを帝人に教授した。
 帝人が上京することになったとき、正臣がどうしてもと言い張り、親と隣人夫婦の同意を得て着いてきたのだ。
 そもそも家族の一員として本当の子供のように大事にされていた正臣は、隣人の計らいで家まで与えられた。帝人もそこに住んで面倒を見て欲しいという願いを断れるはずもなく、帝人は高校生としては珍しい一軒家の家主、また一時的とはいえ猫の飼い主となったのである。

「今日はなにやったんだ?」
「ええと、」

 正臣も猫の一員だけあって綺麗な顔をしている。一見チャラけていてなにも考えていないように見えるが、頭がよく一度学習したことはほぼ忘れない。好奇心旺盛で知らず痛い目を見ることがあるのがたまに瑕だが。
帝人が座布団に座って教科書を開くと、正臣も隣にちょこんと座る。テーブルを挟んで座ればいいのにと帝人はいつも思うけれど、小さい頃から慣れた体勢だったし教えやすいのはこちらの方法なので言い出しづらい。
 正直、正臣の体温を身近に感じるのが辛くなってきていた。
 小学生の時とは違うのだ。
 中学になってネットにのめり込んだ帝人は、かねてから感じていた"猫"である正臣と自分との違いに興味を持ち、情報を集めてみたことがある。曰く性的遊具として産み出された猫は、快楽に弱く耳や尻尾が性感帯だということもそのうちに含まれる。思春期の入り口にあった帝人にとって、親友の正臣がそんなルーツにあったのは衝撃的なことだった。
以来、正臣がやたら身体的接触をとってくると一方的に意識するようになってしまって、帝人はかなり困っていた。先ほどみたいに抱きつかれたり、兄貴分のような面をして頭を撫でられたり、泣けるドラマを見ているときにそっと寄りかかられたり。正臣に悪気はきっとないのだろうけれど、赤くなった顔をからかわれたのは一度や二度ではない。
今も顔を近づけてきて疑問をぶつけてくる正臣に、帝人は内心どぎまぎしていた。

「オイ帝人、みーかーど」
「あ、ごめん、なに?紀田くん」


 上の空になっていると尻尾が背中を叩いてきた。呼び慣れたかつての隣人の名字で正臣を呼び意識を浮上させると、正臣は頬をふくらませてむっとしている。耳はぴんとたって鮮やかに感情を表現する。だから正臣はポーカーが苦手だ。

「……帝人」
「な、なに?」
「…もう勉強はいいや。じゅーぶんわかった。それより、」

 くあ、と伸びをして正臣はにやにやと徒っぽく笑う。帝人はかなり嫌な予感を覚えた。こういう表情は、かなり寒い(正臣としては"うまい")ギャグを思いついたときか、ちょっとした悪戯で帝人を引っかけようとしている顔だ。

「ギャグならいらないよ」
「…おまえ、そりゃないだろ…」

 先手を打つと途端に萎れて拗ねたように尻尾を揺らす正臣に、帝人はため息をつく。突っ込む側の労力も考えてほしい、別に拗ねる正臣を見るのは嫌いではないけれど、とそこまで考えて帝人は慌てて首を振ってその思考をかき消した。正臣は帝人の不思議な行動に首を傾げるもすぐに気を取り直したらしくぱあ、と顔を輝かせて人差し指をたてた。

「せっかく今日は帝人も早く帰ってきたことだし、」
一緒にお昼寝しようぜ?


 上目遣いで品をつくる仕草は大方昼ドラででも学んだのだろう。帝人をからかって遊ぶのが好きな正臣はそのための知識収集を怠らない。きらきらと輝く瞳に見つめられ、帝人は言葉に詰まった。
 それが冗談ですむうちに断るべきだと言う理性と、無邪気に誘う正臣に惹かれる感情がせめぎ合う。


 帝人は正臣の手を取り、口を開いた。



「そのギャグ寒い」
「…いいよ」




「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -