俺の家には、一匹の「犬」がいる。
 一時期裏社会で「猫」と呼ばれる存在が流行ったが、こいつは猫ではなく犬だ。猫の研究の過程で生まれた亜種。耳と尻尾が犬のソレである以外はなんら人間と相違ない。
 その犬が俺の家にいるのは、仕事関係で知り合ったオッサンが譲ってくれたからに他ならない。研究所で暴れて迷惑している、もう捨てるのだと聞き、捨てるくらいなら引き取って観察したかったのだ。
 犬の方からしてみれば、訳のわからない研究所生活に嫌気がさし暴れてみたものの、いざ捨てられてみては路頭に迷うこと必至な訳で(そもそも自分が捨てられる直前だったことに気付いていなかったという可能性すらあるが)、そんな所に現れて「うちに住めばいいよ」なんて甘く優しく声をかけられては、そりゃあコロッと靡いてしまうよね。猫と違い忠誠心の強い犬だ。特にこの犬は寧ろ一匹狼なんじゃないかというくらいに孤立していて、そのくせして愛されたいという願望を誰よりも強く持っていたのだから、まぁつまりアレだ。俺はこの犬……静雄という名前だから俺はシズちゃんって呼んでるけど……から、異常な程に愛されているのだ。









 シズちゃんは散歩が好きだ。でもそれは一人で行くのでは駄目らしい。何故なら、人間のような姿をしているのだから一人で行こうと思えば行けるのに、頑なにそうしようとはしないからだ。ただ俺と一緒にいたいらしい。いじらしいねぇ、まったく。俺が冗談で買ってやった赤い首輪を外そうとすることもない。一度散歩に行くときにリードがいる? と笑いながら聞いたことがあるけれど、その時でさえシズちゃんは拒否しようとはしなかった。本当、渋谷の忠犬も真っ青だね。


「臨也、今日も散歩行けないのか」
「んー、仕事が入っちゃってるんだよねぇ……」
「そうか、わかった」

 俺、向こうの部屋にいるから。そう言ってシズちゃんはリビングに消えていく。
 シズちゃんは基本的に駄々を捏ねたりはしない。俺が忙しいと言えばどんなに遊びたくても我慢するし、仕事の邪魔をすることは殆どない。まあたまに例外もあるがそれは追々話すとして。
 でも、それが平気、という訳ではないらしい。ソファに座り込むシズちゃんの耳は、ぴんと立った普段のそれとは異なりへたりと垂れていた。こういう時に犬や猫はわかりやすい。どんなに仏頂面していても、耳や尻尾の動作で感情の起伏がわかるからだ。俺はそもそも人間にしか興味はないのだけれど、シズちゃんを見ているのは本当に面白い。
 もしかしたら、シズちゃんに愛されているという状況がそうさせているのかもしれなかった。愛だ何だと言いながらも、実は一番愛や恋と言った感情を理解していないのは君だよ、と言ってきたのは、昔からの親友である闇医者だっただろうか。俺はこの犬に対して抱く心臓を真綿で締め付けるような感情が何なのか測りきれずにいた。
 ただ一つだけ言えることとして……そんな風に寂しそうに尻尾で革張りのソファをぺしぺしと叩く様が、可愛くて仕方がない。今だって、仕事を優先するか散歩に誘うかどうしようかと悩んでしまっているのだった。

 本当、どうしようか。
 少し考えて俺は――


仕事を早く終わらせることにした。
仕事は後回しで、散歩に行くことにした。


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