街灯ばかりがぽつぽつと点在する裏路地を一つの人影が歩いてゆく。別段早くもない足取りで道行く影は喧噪を余所にマイペースに家路を辿る。
 幽は己の正体を隠すためのサングラスを通して世界を見る。薄暗く汚い路地も一枚のプレートを挟めば幾分か軽減されているようにも感じるが、幽自身はこのみすぼらしささえこの街の自己主張のように思えて嫌いではなかった。
 ぴたり。
 ふと違和感を感じて足を止める。
 雑多な思考をかすめたかすかな手がかりに首をめぐらせる。さらに一本それたわき道に方向転換。数歩歩いて出所を探ってみると、案の定、

「……」

 薄ぼんやりとした明かりに少しだけ照らし出された足。闇に隠れた上半身には三角耳。投げ出された腕にぐたりと力ない尻尾。
 特殊な身体的特徴に、幽はここ最近流行っている、「猫」という愛玩動物を思い出す。裏社会で生まれたそれは徐々に表に浸透し始め、隠匿されながらも噂にのぼる存在になっていた。
 幽は興味を持たなかったものの、仕事先で誰それが飼い始めただとか、今の相場はいくらだとかいう話を聞いたことはある。記憶違いでなければ結構な値段がしたはずだ。まるで人身売買のようで良い印象は抱かなかった(他人の前でその意見を口に出すことはなかったけれども)。
 気を失っているらしい薄汚れた猫を観察してみる。寒さのせいか色を失った肌。薄い唇。閉じられた瞳には長い睫毛。意識のない時でも端正だとわかる顔つき。芸能人を見慣れた幽ですらそう感じる風貌は、なるほど風変わりなペットには相応しいかもしれない。
 しかしなぜ、と幽は思う。
 市場に流通しなければ外界に出られるはずのない猫がどうして単体でここにいるのか。これほど綺麗な猫を誰が手放したのか。ここで行き倒れている理由は。
「……」
 靴底が砂を噛む。できるだけ音をたてないよう留意しながら幽は猫に近づき、傍に膝をついてその手首に触れた。長時間外気に晒されていたのだろう、脈はかろうじて確認できたがとても冷えていた。
 ここは幽がわざわざ選んで通る程度には人通りが少ない。このまま放置していればこの時期とはいえ凍えてしまうだろうし、最悪命を落とすことがあるかもしれない。かと言って警察に拾得物として届けるわけにも行かず、立場上大事にはしたくない。
 幽は感情表現の薄い人間だが、それはイコールで血も涙もないという意味ではない。触れた部分から熱が奪われてゆくのを感じながら、幽はサングラスに隠した眼を閉じて暫し黙考した。
 やがてゆらりと立ち上がった幽は、ゆっくりと猫の細いからだを抱き上げ、背中に負ぶって歩き出した。目的地は、


兄貴の家
自分の家


 はやくたどり着かなくては。見知らぬ傍観者に発見される前に。
 他人の視線の恐ろしさを常日頃から身を持って感じている幽は、ずりおちそうになった体を背負いなおしてスピードを早めた。


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