じゃあ今から俺がごはんつくるからね! と臨也が宣言してから15分。俺はキッチンから離れられずにいた。

「玉ねぎ……っ、ふ、ぁ……」
「あーあー泣くな、目を擦るともっと酷くなるから……包丁を一度置いてくれ頼むから!」

 玉ねぎを切っては目に染みたとピーピー泣き出す臨也。泣き止んだかと思えば今度は指を切ったのだと泣く。世の父親はこんな苦労をしているのだろうかと思いながら、正しい包丁の使い方を指南する。……結局、臨也一人で食事を作れるはずもなく、半分以上は俺が手をだしてしまった。

「……ごめんねどたちん……」
「いや、いいんだ臨也」

 食卓に並ぶカレーライスとフルーツサラダに、臨也がしょんぼりと俯いている。フルーツサラダに関しては缶詰を開けてヨーグルトと混ぜるだけだったので臨也に全部任せてみたのだが、缶詰の蓋でも指を切るとは予想外だった。

「俺、もっと料理じょうずになって、毎日どたちんにお味噌汁作ってあげるから!」
「そうか、楽しみにしとこう」
「だから俺、どたちんのお嫁さんね?」

 衝撃的な発言に思わず咳き込んだ。臨也はというと、きらきらと瞳を輝かせながらスプーンでルーを掬い口に運んでいる。ああ、また溢して……。

「俺、大きくなったらどたちんと結婚するんだ!」
「そ、そうか……」

 なるほど、これが世間で言うところの「大きくなったらわたしパパのお嫁さんになるの!」という奴か……と納得する。性別についてやその他諸々突っ込みたかったが、その気力もなかった。



 食事の後はお風呂である。臨也に万歳のポーズをとらせて服を脱がせてやり、浴室へ送り込んだ。「どたちんも一緒に入ろうよぉ」という言葉をいつも拒否したいのだが、その後の、この世の終わりとも言えるくらいに絶望的な表情を見せられれば頷かざるを得ない。

「痒いところはないか?」
「だいじょーぶ……ん、ふぅ……あ、きもちぃ……」
「……っ」
「どたちん?」
「……なんでもない」

 臨也の髪の毛や身体を洗うのは俺の役割として固定していた。自分でやりなさいと言っても聞かないからだ。だがそうした時に一番困るのは、臨也の反応に他ならない。


 臨也は猫だ。今でこそそういった意味での流通が少なくなったとはいえ、昔から性的なことに使用する「モノ」として扱われることの多かった猫は、人間よりも快楽に弱いとされている。臨也だって例外ではなかった。頭を洗いながら黒い猫耳に触れれば、鼻から抜けるような声をあげる。まだ12歳かそこらの子供とは思えない色香が臨也にはあるのだ。まだ子供だから問題はないが、これがあと5年もしたらどうなるかわからない。だからこそ、今の段階で一人で風呂に入れるようにしておきたいのだが……また今日も無理だった。

「流すから目瞑ってろ」
「ん、わかった」

 ざば、と湯を掛けて泡を綺麗に落としてやる。ぷるぷると頭を振って軽く水気を切り、身体も同じように洗ってやって、そうしたら今度は「俺がどたちんの背中流してあげる!」なんて言い出して……そして最後は一緒に湯船に浸かった。

「ほら、肩までしっかり浸からないと」
「はぁい……あ、どたちんアレやって!」
「ああ……あんまりタオルを湯船に浸けるのはよくないんだが……」

 浴室に反響する臨也の笑い声に、俺はこれまでの一人暮らしの生活からは考えもつかないような充足感を感じていた。








 風呂から上がって、ドライヤーで髪を乾かしてやって。そうしていたら臨也はもうすっかり眠たげにしていた。一日中動き回っていたのだ、疲れもあるのだろう、ベッドに入ってから数分も経たないうちに臨也は眠りについた。
 すぅ、と小さく寝息を立てる臨也の頭を撫でる。たった3ヶ月で、俺の生活もこんなにも賑やかになった。この賑やかさは嫌いじゃない。

 俺は、臨也の為なら何だってしてやろうと思う。臨也が笑っていられるのならば、どんなことだってしてやりたい。甘やかすという訳じゃなくて、人間の子のようにちゃんと成長させてやりたい。変な大人のエゴや汚い欲に晒したくない。そのためならば何だってしよう。



 ああ、こんな幸せも、ありなのだと。
 俺は確かにそう感じた。




【門田ルート:しあわせのかたち END】




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