「……ダメだ」
「どたちんの意地悪……」
「この間もお菓子買っただろう、あまりお菓子ばかり食べてるとぶたさんになってしまうぞ」
「! そんなのやだぁ!」
先ほどまでへたりと落ちていた耳と尻尾がぴんと立った。それほど嫌なのだろうか、と苦笑しながら臨也の頭を撫でてやる。だが臨也はむしろ細すぎるくらいなので、逆にもう少しくらい太らせてもいいのかもしれない。まあまずは偏食癖を直さなければな、と決意して、俺は買い物籠に人参を入れた。
スーパーから自宅マンションまで、小さな臨也の手を引いて歩く。買い物袋を持つと言って聞かないので、仕方なしに一番小さな袋を持たせた。
「あ〜あさひはのぼっるぅ〜!」
「……何の歌だ?」
「えっとねぇ、デュラララマン!」
臨也が調子外れに歌っているその歌が何かはよくわからなかったが、なんとなくアニメか戦隊ヒーロー物の主題歌なのだろうということはわかった。普段は家に一人きりにしていることが多いから、テレビばかり見ているのだろう。申し訳ないと思いながら、臨也の手を握る手のひらに小さく力を込める。
「カレーの作り方はわかるのか?」
「大丈夫だよ! 『ひとりでできるよ!』でやってたから!」
「……料理番組か?」
「うん! 最初にね、材料を切るんだよ!」
「ああ、間違ってないな……」
「で、えっと……どうだったっけ……みかちゃんは確か……」
「みかちゃん?」
「『ひとりでできるよ!』にでてくるお姉さんだよ? すっごく料理が上手でね、せいじさんって人が好きなんだよ! どたちん知らないの?」
えー変なの、と臨也が唇を尖らせる。そういえば家に臨也がきたばかりの頃はこんな風に表情豊かではなかった。微笑ましくて、つい頬が緩む。
臨也がそれまでどんな生活を送っていたのかは、俺にはわからない。だが、この年齢にしてはあまりにも精神年齢が幼すぎることや、世間一般の常識がすっぽりと抜け落ちていること、そして初めて会った日の臨也の反応や……風呂に入れたときに身体中に残っていた痣や傷なんかを併せて考えると、以前臨也が生活していたという『施設』とやらは酷い場所だったのだろう。身体を洗ってやった時にびくびくと身体を反応させていたことを見ると、『施設』が臨也にしていたことがただの暴力だけではなかったことが想像に難くない。
「どたちん、難しい顔してる……大丈夫? 人参がいやなの?」
「……なんでもない」
臨也の不安そうな声にふと引き戻された。昔のことは昔のことだ。俺は、今の臨也の幸せを願ってやればいい。俺はくしゃくしゃと臨也の髪を撫でた。くすぐったそうにしている臨也が、ただ愛しいと思った。
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