夢物語だと、とっくの昔に気付いているけど




しあわせなはなし




  お兄ちゃん、砂糖とって!

呼ばれている。誰の声?

  お兄ちゃん、急いでよぉ、フライパンの準備はもう出来てるんだから、

あぁ、妹だ。粧裕だ。何をしているんだろう。あまい、甘い香りがする。

  もういい!お兄ちゃんはサンドウィッチ作って!
  サンドウィッチ?
  ハムとマヨネーズは冷蔵庫、パンはそこの買い物袋の中だよ。

きゅうりとかトマトとかレタスなんかは要らないのだろうか。ハムとマヨネーズだけのサンドウィッチなんて質素過ぎる。
とりあえず冷蔵庫の中身を物色する。チルド室、鶏肉とハムとベーコンを発見。卵やマスタード、レタス玉葱トマトきゅうり。キャベツの千切りが入っても美味しいかもしれない。苺と桃と生クリームがあった。フルーツサンドなら、甘いから食べられるはずだ。ゆで卵用に鍋に水を張って中に卵を並べる。塩をひと摘まみ。浸透圧。鍋を火にかける。
鶏肉を小さめに切り分け、塩胡椒で味を整える。アルミホイルで巻いて、一緒に香草を詰めて、オーブンへ。次は野菜だ。

  やっぱりお兄ちゃん、料理も上手だよね、
  そうかな?
  そうだよ、粧裕、卵焼きしか作れないもん
  でも、粧裕の作る卵焼き、僕は好きだよ?甘くて、優しい気持ちになるじゃないか。
  ……もう、お兄ちゃんったら、

でも、サンドウィッチと卵焼きだけのお弁当って、なんだか寂しいね、と粧裕は笑う。

  お弁当?
  そうよ、今日は良い天気だから、一緒にピクニックに行きましょうって、
  僕、そんなこと言ったか?
  違うよお兄ちゃん、――さんが、昨日天気予報見ながら言ってたでしょ?
  ――さん?
  ほら、お兄ちゃんだって――さんのために、甘いフルーツサンドの準備もしてるじゃない。

そういえば、確かに。
泡立てた生クリーム。切りかけの苺。剥き終えた桃。僕と粧裕だけなら、わざわざこんなもの作ったりしない。ならば何の為に?誰の為に?甘いものが好きな、彼の為に?彼?

  まぁ、そういう竜崎さんが、まだ起きて来ないんだけど

お弁当出来たら起こさなきゃね、と粧裕は苦笑して言う。
カーテンの外は晴れ渡っている。

そうだ、竜崎だ。

キッチンからすぐ、階段を上がって僕の、僕と竜崎の部屋に走る。
ベッドの上で丸くなる塊。
あぁ、これはきっと夢なんだ。
こんなことある訳ない、竜崎が僕の部屋で寝てる訳がない、こんな、

  …月、くん?
  竜崎、

  もぅ、お兄ちゃんどうしたの!?

どたばたと、階段を駆け登る音が背後から聞こえる。
きらきらと、カーテンの隙間から光が漏れる。

  あ、竜崎さん起きちゃったんだ、

はい、起きちゃいました、と竜崎が答える。

  竜崎さん、お弁当もう少しで出来ますから、もうちょっと待っててくださいね、
  わかりました粧裕さん、あぁ、何か私に手伝えることはありますか?
  うーん、じゃあ竜崎さんは飲み物の準備をしてもらって良いですか?ポットとカップと紅茶の葉なんかをバスケットに、
  ダージリンとアールグレイと、どちらが良いでしょうか。
  それは竜崎さんの好みに任せまーす、

笑いあう粧裕と竜崎。
こういうことを、何と言うんだっけ?

  月くん、

呼ばれている。
誰の声?

 月くん、
「月くん、」

気がつくと、竜崎が僕の顔を覗き込んでいた。
「大丈夫ですか?」
「何が?」
「だって月くん、泣いています」
「え…」

顔に手をあててみれば、確かに濡れていた。

「どうしたんだろう、」
「それはこちらの台詞です、」

何があったんですか、と竜崎が問う。
四角い窓の隙間から覗く空は、重たく、曇っていて。

「ピクニック、」
「え?」

そうだ、何かがおかしいんだ。

「粧裕は?」
「さゆ?」

誰ですか?
僕は戦慄する。

「……竜崎、」
「月くん?」

何で外は晴れていない?
粧裕は何処に消えた?
お弁当は?
そして、

「何で竜崎はLなんだろう、」

そしてどうして僕はキラなんだろう。
少なくともさっきまで竜崎は竜崎だった、
さっきまで僕は夜神月だった。
妹と仲の良い、
みんなでピクニックに行くような、
そんな、

「どうして僕らはしあわせになれないんだろう、」
「…月、くん…」
「どうして僕はキラなんだろう、」
「月くん、」
「そうじゃなければ、竜崎のためにフルーツサンド作ったり、サンドウィッチと卵焼きだけのお弁当作ったり、アールグレイとダージリンの会話とか、ピクニックに行くような、そんなしあわせなことができるのに、」
「月くん」
「どうして僕はキラなんだろう、どうして竜崎はLなんだろう、どうして、」
「月、くん、」
「ねぇ竜崎、」

僕がキラじゃなかったら、竜崎がLじゃなかったら、僕らは出会うことすらなかったのに。
僕がキラで、竜崎がLで、
そのことが、今はただ辛くて、苦しくて、泣きたくて、

「しあわせな夢を見たんだ、」
「…はい、」
「こんな普通のことすら、僕らは望めないのかな、」
「らいと、くん…」

僕はしあわせな夢を見た。
しあわせな夢を、


実現する可能性はゼロ。






僕はあと数日後、死刑となる。




しあわせなはなし



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -