左隣で大きな欠伸をする竜崎に、昨日は夜更かしでもしたのかと尋ねれば、夜中に映画をやってたもので、なんて返事がきた。

「ふっと目が覚めてしまって、なんとなくテレビつけたら、ですね」
「そんなに続きが気になるようなものだったのか?」
「そうですね、けっこう面白かったですよ」
「ふーん」

 そうして竜崎はもう一度欠伸をする。ちょっと、うつるからやめてくれよ。そう言われても無理です。
 そんなどうでもいいような会話をしながら、竜崎は車のハンドルを握っている。普段は近場で済ませるけれど、週末はたまに郊外のショッピングセンターなんかに買い物に行ったりするのだ。左ハンドルの外車を片手で運転する竜崎はなかなか決まっている。そう思う僕はなかなかに盲目的なのかもしれない。

「それでですね」
「え、何が」
「映画の話ですよ」
「あぁ、聞いてなかったごめん」
「…別に、良いですけどね」

 竜崎の話によると、その映画はミステリーとサスペンスを混ぜたようなものらしい。二人の天才が頭脳戦をする、といった内容だそうだ。その説明だけでは面白いのかどうかの判断に迷うが、この男が面白いと言うのならば間違いないはずだ。

「いえ、面白くはありませんよ」
「あれ、さっき面白かったって言わなかったか?」
「過去は振り返らない主義なので」
「ああそう、じゃあなにがそんなに気に入ったんだよ」

 支離滅裂な竜崎の発言にも慣れた。こうして一緒に暮らすようになってどれくらい経つんだっけ。そんなことを考えていると、窓開けますね、と竜崎はパワーウィンドウに指を伸ばす。春分の日はもう過ぎたんだったか、もうすっかり春で今日はかなり暖かく、外の空気が気持ち良い。

「そうですね、面白いというより続きが気になる内容だったんです」
「あぁ、映画の話?」
「はい、なんか、二人の天才のうち片方の考え方に共感してしまって」

 買い物の帰りにレンタルショップに寄りましょう、DVDがレンタルしてるはずです。あれ、テレビで見たんだろ?いえ、途中からしか見てませんし、後編もあるみたいなんですよ。それに月くんも気に入ると思うんですよね。

 そんな話をしているうちに、ショッピングセンターの駐車場だ。時間帯はお昼くらいでちょうど良い。

 竜崎、何か食べたいものある?そうですね…ファストフード以外ならなんでも。じゃあパスタとかどう?この間、ミサと来た時に美味しい所見つけたんだ。ケーキもなかなか美味しくてね。じゃあそこにしましょう。

 ショッピングセンターの入口から少し離れた所に車を停めた。車から降りると外は車内で感じるより暖かい。

 じゃあご飯食べて、新しい布団カバー見て、晩御飯の買い物して、その後レンタルショップだったな。了解です、あ、本棚も見たいです、あと食器とか。食器?はい、夫婦茶碗とか欲しくないですか?

 竜崎はその少しよれたTシャツとジーパンを着こなして、猫背で歩く。手、繋ぎますか?なんて聞かれたけれど、外国じゃあるまいし男同士でそんなこと出来るか。視線だけでそう訴えれば、なんとなく納得したのだろう、竜崎は手をジーパンのポケットに突っ込んだ。が、すぐに出して、半ば強引に竜崎は僕の手を取る。

「やっぱり手、繋ぎましょう」
「何言ってるんだ、馬鹿か」
「いいえ、馬鹿じゃありませんよ。良いじゃないですか、これくらい」

 映画の中では天才二人は手錠で繋がれてましたよ。

 そんなことを言う竜崎に、それとこれとは話が違うだろう、なんて言いつつも僕は根負けする訳だ(ただし人目が気になることに変わりはないので、店内に入るまでという条件付きで)。僕は口にこそしないが竜崎のこの強引さを気に入っているんだろう。
 そういえば竜崎と出会ったばかりの頃はまず会話が成り立たなかった。そう考えると随分と慣れたものだ。こうして一緒に買い物に行ったり、ご飯を食べたり……そうか、一緒に暮らしはじめてもうすぐ1年が経つんだなぁ、とぼんやりと思った。



3月21日の話


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