※パロディ
※静臨だけど既に別人






 金曜日、午前10時からの30分。
 それは彼と、俺の、幸せな時間。








 11月末の、酷く冷え込んだ日。
 俺は、死を試していた。



「やぁ目が覚めたかい、臨也」

 ぼんやりと天井を眺める俺に声を掛けてきたのは、白衣の男だった。

「ああ新羅、おかげで最悪だよ」
「はは、その言葉ももう聞き飽きたかな」

 そう言って笑う男に舌打ちをする。聞き飽きたと言うのならば放っておけばいいのに。こうしてこの男に救われたのは何度目だろう。もう、あまり覚えていない。前回は手首を切って。今度は睡眠薬だ。俺は、これまでに何度か自殺を試みている。そしてその度に親友であり医者でもある彼、岸谷新羅に助けられているのだ。
 人が自殺をしようと思うことに深い理由などいらないのだと、俺は知っている。俺が死にたいと思うのは、そう願う理由は、他人を殺すかもしれないと思う程の憎悪を、内に飼っているからだ。その殺意が、悪意が、外に出ていかないように。

「それでね、臨也。今日は君にお客様だ」

 不意に声を掛けられ、視線を動かす。入っていいよ、という新羅の言葉の後に部屋に来たのは、同じく友人である門田京平だった。

「久しぶりだな臨也」
「ドタチン……」
「はは、相変わらずだなその呼び方。止めろって何度も言ってるだろ?」

 門田京平、俺はドタチンと読んでいる彼もまた、俺が自殺未遂を繰り返す度に小言を漏らす数少ない人間の一人だ。新羅と共に良い友人であるのは確かだが、お節介焼きで優しすぎる人間だ。何せ、この年で様々なボランティアをやっているらしい。特にここ数年は囚人相手のものが殆どだった。極刑を下された囚人に手紙を書いたり、面会したりしている。素敵だと思うよ、俺には到底真似出来そうにない。

「それでだ、臨也。流石にこう何度も自殺未遂を繰り返されるのはこっちも堪らない。だから新羅と話し合ったんだが、お前に一ヶ月間精神科のカウンセリングを受けてもらおうかと思ってる」
「……はは、とうとう俺も厄介者扱い?」
「そういう訳じゃない」

 ドタチンの言葉に、心が冷めていく。一ヶ月も病棟に押し込められて、馬鹿みたいな爺のカウンセリングなんて受けたい訳がない。まさか新羅もドタチンもこんな風に俺を厄介払いするようになるとは意外だった。いや、本当は意外でもなんでもなくて、むしろ普通の反応かもな、と自嘲する。すると、ドタチンの視線がまっすぐにこちらを向いた。

「No.4042」
「?」
「何通も手紙を出しているんだが、会ってくれない死刑囚がいる」
「それがどうしたっていうのさ」
「その男もな、拘置所内で何度も自殺を図っているそうだ。お前みたいに」
「……」

 彼が言いたいのは、俺にその男を救う手伝いをすれば精神病棟への一ヶ月の軟禁は免れる、ということだった。馬鹿馬鹿しい。自分の生も不確かな人間が、どうやって他人を救えるというのだ。しかも、死刑囚に救い? 本当に、ドタチンの考えることはわからない。

「まぁ無理にとは言わんが、臨也、」
「……なに」
「お前にとってもプラスになると思う。精神病棟なんかよりよっぽどな。だから、手伝ってくれないか」
「……わか、った」





* * *





 それじゃあ来週の金曜日、午前9時半にここに来てくれ、というドタチンの言葉に頷いてから数日、早くもその日がやってきた。囚人に会う。彼はどんな思いでそれを続けているのだろう。ドタチン自身や、そのやっていることを否定するつもりはないが、俺には彼の行為……というより、その聖職者の行為に疑問を持つ。偽善で、傲慢な行為。そんなの自己満足じゃないのか。


 待ち合わせ場所に着いたのは、10時になる少し前だった。遅刻だぞ、と顔をしかめるドタチンを軽く流す。すると、グッと腕を掴まれた。真剣な目が、こちらを捉える。

「……臨也、遊びじゃないんだ。そんな態度をとるなら、一ヶ月病院に押し込められてろ」
「っ、……ご、めん」

 わかったなら、いいんだ。掴まれた腕を開放される。……怒ったドタチンなど、久しぶりに見た。無言で前を歩く彼の背中を見ながら、ゆっくりと着いていく。その場所は、すぐ近くだった。

「ああ、門田さん、いつもありがとうございます」
「いえこちらこそ……」
「そちらの方は?」
「ああ、私の友人でして……」
「……折原です」
「へえ、こりゃ静雄のやつも喜ぶな」
「……?」
「今日に限って静雄、面会に応じるって言ってて」
「! 本当ですか田中主任」
「ええ、早速面会室の方にご案内しますよ」

 田中、と呼ばれた男に案内されるままに面会室に足を運ぶ。静雄、というのは例の囚人のことらしい。狭い、ガラスで囚人側と遮断された面会室に、彼はやって来た。

「君が静雄か……静雄、ようやく会ってくれたな」
「……」
「静雄、ちゃんと挨拶しなさい」
「……トムさん」

 静雄、と呼ばれた囚人は、囚人とは思えないほど綺麗な顔をしていた。傷んだ髪がもったいないと思う程に整ったその顔に、つい見惚れてしまう。そうしていると、目が合った。視線を外すことができない。綺麗な、目。死刑を待つ人間とは思えなかった。

「……あんたが、いつも手紙をくれてた門田ってやつか」
「ああそうだ。調子の方はどうだ?」
「それは、自殺を諦めたか、ってことか?」

 ひゅっ、とドタチンが息を飲んだのがわかった。しかしその動揺を隠して、ドタチンは会話を続ける。

「あ、ああ……まあ、そういうことになるな」
「それなら諦めたけどな」
「! 静雄、」
「あんたが、自殺は罪を償うことにはならねぇって言うから。大人しく殺されるのを待つさ」

 その目は美しくて、でも何も映していなかった。
 今日俺が面会に応じたのは他でもない、もう手紙もいらないから放っておいて欲しい、って伝えるためだ。その言葉は、声こそは穏やかなのに、突き放したような諦めたような、残酷なような響きを含んでいる。

「っ、静雄、ならせめて!」
「……?」
「ならせめて、コイツと話をしてみてくれないか、?」

 いきなり自分のことを引き合いに出されて、俺自身困惑した。俺はこんな死刑囚の男に興味なんてないし、もちろん話すようなこともない。仕方なしに愛想笑いを浮かべると、静雄と呼ばれた囚人は俺の方を見て、薄く笑った。

「ああ、手前もか」
「……なに、が」
「綺麗な言葉で自分を飾る、差別主義の塊だろ」
「おい、静雄、」
「トムさんは黙っててください……俺は、手前らみてぇな奴を、それこそ小さい頃から見てきた。だから、手前ら見てると吐き気がすんだよ」
「静雄っ!」

 これ以上は話をさせても無駄だと感じたのか、動いたのは田中さんだった。静雄の手を取り、席を立たせる。すみません、と頭を下げる田中さんを横目に、そっぽを向いた静雄のその態度に、言い知れぬ何かを感じた。

「……いいね、差別主義。結構だよ」
「……、は、?」
「良いじゃないか、君は早い段階で、美しい言葉を紡ぐ偽善者について学んだんだろう? 人生を、神様とやらを早々に見限ることができたんだろう?」
「……」
「途中で、いきなり裏切られるよりよっぽどましじゃないか」

 それだけ言い捨てて、面会室を出た。慌ててドタチンが追いかけてくる。大丈夫か臨也、問いかけるドタチンに薄く笑ってみせた。

 俺は、。
 未だに、許せていないのだ。自分の内に秘める殺意を、押し殺して耐えることもできない。



 これが、彼と俺の出会いだった。




*――*――*
続きます。



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