高校2年の冬。街全体が慌ただしくて、迫る年の瀬に俺たちは毎日忙しなく動き回っている。
 朝比奈さんの卒業まであと数ヶ月ということもあって、ハルヒは随分不安定なようだった。5人揃ってこそのSOS団だとハルヒは思っているので(ハルヒだけじゃない、俺も長門も古泉も、朝比奈さんもそう思っているはずだ)、朝比奈さんの卒業はその活動を揺るがす大事件だ。
 ハルヒは知らない、朝比奈さんが未来人で、恐らく卒業後は未来に帰ってしまうのだということを。それはイコール、今後は会うことも叶わないのだということだ。

 私がみなさんと同じ学年だったら、と朝比奈さんは寂しそうに言う。そうすれば、涼宮さんもこんなに不安定にならなかったんじゃ、とも。そして古泉に「ごめんなさい」と言うのだ、心優しいこの御方は。

「いいえ気にしないでください」

 古泉は笑っている。朝比奈さんは悪くありませんから、と。寂しい気持ちは皆一緒なのだと知っているからこそ、誰も悪くないと知っているからこその微笑みだった。








「別れませんか」

 いいえ言い直します、別れてください。
 古泉はそう言った。俺は古泉の目を見る。

「貴方に飽きました……もう、どうでもよくなったんです」

 ああ、俺はこんな日が来ることを恐れていた。こうして古泉が“嘘を吐いてまで”俺を遠ざけようとする日を。
 いくらファンデーションか何かで隠そうと、目の下にできたその隈に俺が気付かない訳がない。制服を脱げば痣や怪我があることも知っているのだ。

「いやだ」
「貴方が何と言おうと別れますから」

 言葉を口にする度に、古泉の表情が歪む。嘘を吐くならもっとわかりにくくしろと言いたい。バレバレなんだよ。

「俺のことが嫌いになったのか」
「……っ、は…い……」

 貴方なんか、とそこまで言って言葉が途切れた。
 俺と古泉が付き合っているその事実をハルヒが知ったら、ただでさえ不安定なアイツは何を仕出かすかわからない。ハルヒのことだから理解はしてくれるだろうが、どこかで納得できない部分がアイツの弱った所を攻め立てる可能性がないとは言い切れない。

「貴方なんか、……嫌い、です……っ」
「嘘だろ」
「嘘なんかじゃ、」

 古泉の腕を取って引き寄せた。古泉は顔をしかめる。ちょうど握った所に痣が出来てたかな。もうそれすらも構っていられない。

「嘘を吐くならもっとましな嘘を吐け。そんな顔で、誰が信じるんだよ」
「でもっ」
「俺はお前が好きなんだよ!」

 つい声を荒げてしまった、その声に古泉は一層悲痛そうな面持ちでこちらを見る。その顔は涙で濡れていた。一年以上前は、こいつがこんな風に泣くなんて知らなかった。変にいつも笑ってて、そんな古泉にイライラしていた。それが、その笑みが無理をしているのだと、冷静を演じているだけなのだと知った。こいつだって泣いたり怒ったりするんだって知ったんだ。

「俺だって、お前の負担を増やすようなことはしたくない」
「負担……」
「気付いてないとでも思ってるのか?」
「……いえ、」
「だがな、俺にだって譲れないものはある」

 ゆっくりと掴んだ手に込めた力を弛めていく。古泉は、真っ直ぐこちらを見た。

「別れたいって、それがお前の本心なら構わないさ。だが違うだろ? また色々気を使って、周りを、気にしてるんだろ」
「……貴方には、かないません、ね」
「お前一人で抱え込むな、頼むから」

 作った笑いは見たくない、だがそれ以上に俺はお前の悲しむ顔とか見たくないんだよ。
俺は何もできないし、古泉と代わることもできない。古泉と別れた方がこいつの為なのかもしれない、だけど。

「俺はワガママだ」
「……、」
「お前には笑ってて欲しいのに、お前と別れたくないんだ」

 ただ好きなだけなのに、どうしてこんなに辛いんだろう。

「好きだ、古泉」



 ああ本当に。
 これは死に物狂いの、恋だ。





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