風呂上がりの、まだ髪が濡れたままの状態で窓際に立った。今夜は星が綺麗だ。まだ11月になったばかりだったが夜の空気は既に冬のもので、ぶるりと肩が震える。そうだ、熱いコーヒーでも飲もう。
 キッチンに向かい薬缶に水を入れ、火にかけた。コーヒーメーカーでもあれば良いのだろうが、生憎インスタントしかない。インスタントコーヒーの瓶を傾けて、適当な量をカップに入れる。そうしてぼんやりとしていたら、なんとなく彼の声が聞きたくなって携帯に手を伸ばした。

 数回のコール音の後、おお、と若干気だるそうな彼の声が響いた。

「こんばんは」
『どうかしたのか』
「え……いえ、ただなんとなく声が聞きたくて」
『……じゃあ何か話を振ってくれ。俺は何もない所からは会話を作れないからな』

 面白い話がいい、とハードルを上げられるが、衝動的に掛けた電話に話題も何もない。どうしようかと悩んでいると、薬缶がかたかたと音を立てて沸騰したことを告げている。火を止めてカップに熱湯を注ぎながら、何かしら話さなくては……と考える。早くしろよ、と携帯電話越しの声に急かされて、口をついて出た言葉は、

「あ……コーヒーに砂糖は何個入れますか……?」

 空気が一瞬止まった。が、直ぐに彼の笑い声が届く。

『おまえ……バカだろ』
「あっ、なんでもないです、気にしないでくださいっ」
『そうだな、砂糖は3つだな。ミルクもたっぷりで』

 返ってくるとは思わなかったその反応に、思ったよりも甘党なんですねと言えば、それを飲むのはお前だろ? と笑われる。

『ちょっとした虐めだと思ってくれ。きっと甘すぎてきついぞ、それ』
「でも、その」
『なんだ、何か面白い話でもしてくれるのか?』
「あぁ、そうではなく」

 まぁなんでもいいから話せよ、俺は聞いといてやるから。電話の向こうで体を起こしたような音がした。おそらくベッドにでも腰かけたのだろう。

「……ありがとう、ございます」
『ん?』
「いいえ、なんでも」

 虐め、なんて言うけれど、それが彼の照れ隠しで、優しさであることを知っている。実は僕、甘いものが好きなんですよ、と言ったところで『そうだったか?』ととぼけられてしまうに違いない。

「そういえば、今夜は星が綺麗ですよ」
『ん……あぁ、本当だ』




 それからどれくらいそうしていただろうか。熱かった甘いコーヒーはすっかり温くなっていて、体はすっかり冷えてしまった。くしゅ、と小さくくしゃみをすれば電話越しに僕を心配する声。

『そろそろ電話切るか』
「あ、はい……じゃあ貴方が切ってください」
『はぁ? お前から掛けてきたんだからお前が切れよ』
「え……貴方が切ってくださいよ」
『……先に電話切るのって、嫌なんだよ』
「……僕も嫌です」
『ハルヒにはイエスマンのくせに』
「それとこれでは話が違うでしょう」

 そんな風に言い合っていても埒があかないと気付いたのだろう、若干の沈黙のあと、先に言葉を発したのは彼だった。

『じゃあ、仕方がないから俺が切ってやる』
「本当ですか」
『そのかわり、』

 交換条件がある、と彼は言う。何だろうかと多少びくついていると、彼が口を開いた。

『今週末、お前の家に泊まりに行くから』
「へ」
『その時には旨いコーヒーをいれてくれ、砂糖はいらないからな。じゃあ、切るぞ。それじゃあ』
「え、あ、その、ちょっと」

 先程まで互いにあんなに躊躇していたというのに切るときは本当にあっさりとしたものだった。彼の声も普段より早口で、無理矢理押し切られた形だ。必死に頭の中を整理しようとするが、どうにもうまくいかない。

「……ええと、」

 ツー、ツーと鳴く携帯を片手に思うことは、やっぱりコーヒーメーカーでも買わなければいけないだろうか、ということだった。






コーヒーカップと長電話の夜







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